景観は色をどうこうという問題ではない、とよく言われます。
ぶっちゃけ、その発言をなさるのはたいてい大学の先生です。行政に対しても、市民に対しても「景観に配慮するってなんでもかんでも茶色にすることじゃないんですよ」と、(一応)色彩の専門家を目の前にして、堂々と(かなり強く)宣言されることが多々あります。
それが間違いだとは全く思いません。自身も度々「いや、そこは色の問題ではなくてですね…」とか、「この場合は茶色でない方が…」等のアドバイスをすることも多く、実際、現地で周辺環境を含めて対象物のあり方を議論すると、専門家でなくとも「これは茶色よりも寒色系の低彩度色の方がいいですね」とか「白過ぎず黒過ぎず、中明度色が合っていますね」とか、大体意見がまとまってきます。
「意見がまとまる」というと、今度は「多数決で決めたものは中途半端になる」「市民は意見を言えても決定することはできない」という意見が出てきます。これもまた、そのようなご経験に基づく事項なのでしょう、やはり一概に間違いだとは言えません。
色彩のアドバイス等を行う場合は「さあ、何色が良いですか?」というフリーな状態から始めているわけではなく、「周辺の環境という条件」を整理して、道筋を照らすことはこちらで考えています。ある程度固めた方向性(=ストライクゾーン)の先は、幾人かの意見を織り交ぜながら決めるという方法は、完成後の納得感の度合いを考慮すれば決して中途半端、と切り捨ててしまえるものではないと考えています。
…と、そのような議論の前提を明確にした上で。
先日、小学校の改修の件で甲州市に行ってきました。その帰り、あまりにも天気が良いので勝沼ぶどう郷駅に寄り、ブドウの葉が茂り始めた様子を眺めて来ました。この景色を一昨年から見慣れた私が、思わず声に出しておおっ、と言ってしまうくらい、劇的な変化を遂げていました。
2016年5月13日、快晴 |
甲州市では「駅から景観改善事業」という取り組みを2015年3月から2016年3月にかけて実施しました。市民ボランティアを募り、遠景から過度に目立っていたガードレールの外側部分の塗装を行ったり、鮮やかなブルーの防風・防鳥ネットを穏やかなブラウン色へ変更したりという修景が行政と市民、そして民間企業の協力により徐々に進められて行きました。
2015年3月。2度目のペンキ塗りの開始前。 |
私は甲州市の景観アドバイザーという立場で、色の選定に助言をしたり、ペンキ塗りに参加したりしつつ「なぜこの色を塗るのか・この色にかえることでどういう効果が生まれるのか」等の解説を担当した程度ですが、何より、市職員の方々の盛り上がりや参加される方々の熱意に何度も驚かされました。
塗装前。 |
塗装後(10YR 4/1)。外側のみを塗装しています。 |
景観に配慮してもお金は儲からない、地域の活性化にはならない、ともよく言われますが(散々ですね)、2年がかりの成果を目にすると本当に気持ちの良い、地域の「らしさ」(ブドウ畑が拡がる丘)を感じる景色になったな~と感じます。飽きずにこの景色を眺めることができますし、また違う季節に訪れたいなという気持ちになります。
今年の3月、二回目のペンキ塗りを終えた時点では、まだ点々とブルーのネットが見られました。ブラウン色への変更は強制ではなく個人の自由ですから、それももちろんありで、緑が茂ってくればあまり気にならなく(目立たなく)なるかな、くらいに思っていました。
それが先週、再訪してみたら、ほとんどブルーのネットは見当たりません。市の職員の方の話によると、周囲がブラウン色のネットへ変更し、景色が変わった様子を見た農家の方々が「なるほど、こんなに目立っていたのか」と気が付き(気になりだし)、進んで変更して下さったとのことでした。
専門家に言われたから、ではなく、効果を体感して自ら選定して下さったことが嬉しくてなりません。環境色彩の専門家の役割としては、選定の考え方や方向性を示すことが活動の後押し(決して好き勝手にやっているわけではない)になった、それだけで十分だと思います。
景観という領域に係ると、無計画・無秩序なものへの愛着や郷愁とともに、他者(その地を訪れる人)や近隣の人々に対し配慮されたモノ・コトへ対する敬意が自ずと湧いてきます。整える、というのは本当に大変なことです。理屈では理解できても、いざ行動に移すことは例え生業の傍らであっても、大きな労力であり、多少であっても何かしらのコストもかかります。
訪れる側としては、そういう地域を応援したくなりますし、そこで時間を過ごしたくなる、というのがごく素直な感想です。アドバイザーがきっかけで山梨にとても親しみを感じていますが、最近ではプライベートで訪問する(精神的な)余裕も出てきました。
景観は民意ではどうしようもないことも含め、あらゆる事象の結果です。さまざまな事象に触れるうち、私はやはり「色彩にもできること」がまだまだあって、景色の印象を大きく変えてしまう効果を持っているのだ、ということを信じています。
冒頭の苦言に話を戻すと、ガードレール自体の構造やデザインを何とかすべき、という意見もあることでしょう。ただ、機能的に問題がないものを「景観の観点から」高価なガードパイプ等に変更することが困難なことは、地方行政の財源を考慮すればそれが優先される項目でないことは明らかです。
(良くも悪くも)塗装は手軽です。事業者ではない一般の市民が公共工事に参画することはできませんが、今ある設備の塗装「程度」であれば、多くの方の参加が可能です。甲州市の取組みではガードレールやネットの「色を変えただけ」の効果の大きさを実感しました。
この結果=今、眼前に拡がる緑豊かな風景は、行政・市民・事業者の協働により整えられたものです。その成果を、ぜひ多くの方に体感して頂きたいと思っています。