2012年11月24日土曜日

建築・土木設計を学ぶ学生のための色彩学①-色見本帳の選び方

表題、ちょっと大げさですが…。
建築や土木の設計においてはその専門性に即した色彩学、が必要ですしあるべきだと考えています。自身が曲がりなりにも20年と少し、そのような対象と向き合ってきた経験から、何か役に立つことをコンパクトにまとめることが出来れば良いなと思い、本Blogを書き始めました。

今後は『特に重要!』という内容には、このタイトルを使って行きたいと思います。


色の数は(物理的な意味で)無限にあります。
種類が豊富であるということは、選択の自由さや多様性の象徴ですが、時としてその“お腹一杯”な具合に辟易してしまう場面も増えつつあるように感じています。

今海外のとあるプロジェクトで、2000色の塗料から建築設計に使いやすい200色を抽出し、カラーシステムを構築するという作業に携わっています。
2000色という色数、例えば日本で最も汎用性のある日本塗料工業会の色見本帳は632色(2011年度版)と比べるとその充実ぶりが伺えますが、中には区別のしずらい、誤差の範囲とも取れるような差異のものも見られます。色数の豊富さをむやみに競うより、使いやすくこなれた色群をまとめる編集力が高められ、“適切な”数量を賢く使いこなす方向へシフトして行くとよいな、と考えています。

色見本帳を使用する目的には大きく2つの段階があり、一つは『色を選ぶ』ためのツールとして、もう一つは『選んだ色を指定・指示する』ための共通ルールとして、ということが言えると思います。

ごく簡単ではありますが、入手しやすい市販の色見本帳の特徴と利点、扱う際の留意事項をまとめてみました。
他にも多々ありますが、価格があまりに高価で、学生や若い方が気軽に入手できるものではありませんし、自身も持っていませんのでここでの紹介は省きます。(ご興味のあります方はこちら。)

想像力を膨らませたり、既にある素材(天然石や木材等)の近似色を選定する際には出来るだけ色数が多い方が良いかも知れませんが、その際使用する色見本に汎用性が無いと、指定や指示の際には問題が生じます。

設計の実務においてはこの『指定・指示にかかる時間』を考慮しなくてはなりません。製品の色見本を製作するのにメーカーに依頼した場合、塗料等は大体一週間、タイルは2週間前後、金属の焼付塗装等は2週間~1ヶ月…と製造のプロセスによって見本の仕上がりには時差があります。

目的に合ったツールを使う。環境色彩デザインにおいても、道具選びは重要です。

日本塗料工業会 標準色見本帳(通称日塗工・全632色)
2年毎に改訂され、持ち歩きしやすいポケット版とミシン目があり切り取りが可能なワイド晩の2種があります。
建築・土木などによく使われる暖色系の低彩度色が充実しており、ポケット板が一冊あれば簡易な調査から計画・指定まで、『とりあえず』は事足ります。

使い慣れてくると『この色の彩度をもう少し下げたい』など、欲求が出てきますが、例えば『19-60B(10YR 6.0/1.0)とN60の中間』と指示をすれば、彩度を0.5程度下げた色、10YR 6.0/0.5程度を指定することも可能です。
(全ての建材で同様の指示が通るとか限らず、現場やメーカーの営業や工場の方とのコミュニケーションが必要になります。)

ポケット板は現在、Amazonでも購入可能になり、その手軽さと利便性、普及率が最も高いツールと言えるでしょう。

日本ペイント エクステリアカラー(全340色)
塗料工業会の標準色見本帳に比べると高価ですが、何より『エクステリア』用と謳われているだけあって、マンセル表色系の分類法に従い系統的に分類され、色相・トーンが揃っている点が大変優れていると思います。
販売元のHPにはカット式の色見本帳の掲載しか見当たりませんが、CLIMATには全体のシステムがわかる蛇腹式のチャートがあり、色相・明度・彩度が整い、いわゆる『コーディネートのしやすさ』という点でとても使いやすい製品です。

常々、“色は構造”であるということを意識していますが、その構造をひと目で・一覧に表記している建築・土木等設計用の色見本帳というのはあまり見かけることがありません。

日塗工の632色がこのようなチャートになっていると大変便利だと思うのですが。…ちょっと作ってみようかとも目論んでいます。

かれこれ10年くらい使っているのでボロボロですが…。背面に領布価格は2000円と記載がありました。
マンセル値と共に記載されている色番号は日本ペイントのオリジナルの品番ですから、他製品の場合、指定等には通用しませんが、チップを切り取って渡せば他の色票と同様の『現物』ですから、そういう使い方は可能です(…メーカーの方には怒られそうですが)。

ちなみにサンプルなどで指定の色をつくってもらうには番号やマンセル値の指示よりも、色見本(色票やタイルであればタイル現品)を渡し、その見本に色を合わせてもらうのが最も確実だと思います。依頼と指示・指定、それぞれにふさわしい方法がいくつかありそうです。

クロマリズム(全1280色)
主に内装用として開発された色見本帳。マンセル値が記載されており、色相配列になっているので大変見やすい見本帳の一つです。クロマリズムはこの本体(…ポケット、と呼ぶにはいささかサイズが大きく重いので、持ち歩きはしづらいです)のみで、カット出来るチップがありません。
しかし、色相配列の色見本帳は検討用には便利で、例えば日塗工の見本に無い色をこちらで探して、その色を元に色票を作成し現場へ手渡しする、といった使い方が可能です。


その他、PANTONEやDICの色見本帳は色数が豊富で文具・画材店等でも扱いがあり、デザイン科の学生はこちらの方が親しみがあると思います。しかしこれらの色見本は多色の使用を必要とするグラフィックやプロダクト製品等のデザインのために開発されたものであり、その豊富な色の中からグラフィックデザイン等とは目的の異なる建築や土木、ランドスケープデザイン等において『使えない色』が多すぎるように感じます。

『使いたい色』を抽出するために、検討の対象や目的毎に、色見本帳を使い分けることが望ましい、と思っています。

余談ですが、日本ペイントの色彩ツールの中に、日建設計基準色2010(47色)というものがありました。竹中工務店の色見本帳というものもあり、これは以前設計の方に譲って頂いたことがありますが、こちらも47色でした。
自身の経験からすると『う~んここまで絞るのか』と唸ってしまうほど、ニュートラル系の低彩度色を中心とした構成でした。(もちろん、業務によって色々な使い分けがなされていることと思います。)

色彩検討のために必要な色の幅、選定のために必要なツール、指定・管理のために求められる汎用性。これらの段階をしっかり意識しつつ、適切な使い分けをしていけば、色に対する苦手意識はきっと払拭できると思っています。

2012年11月7日水曜日

測色016-南洋堂書店


2008年より、KANDAルネッサンスというタウン誌に神田の色というテーマでリレーコラムを書かせて頂いています。自身の番が来るたび神田のまちを散策し、興味ある素材や色彩を探すのはとても楽しく、この測色シリーズを始めたきっかけの一つでもあります。

まもなく発行される96号の題材として取り上げたのは南洋堂。建築関係の専門書を扱う書店です。1980年に建築家・土岐新氏により設計されたコンクリート造の外観は、深い溝に落ちる濃い影と端正なグリッドパターンが独特の表情をつくり出しています。およそ32年を経過したコンクリートの色は5.0Y 5.3/1.0程度でした。

2007年の改修時に誕生したドローイングギャラリー。

建築の基調色の測色は日本塗料工業会の標準色見本帳で大体間に合います。
壁面に近づいてみると型枠の跡や骨材の粒が認識でき、天然石のような気泡も見られ、そうした“シミやシワ”の刻まれた外観は長い時間の蓄積を感じさせます。時間の経過は通常は意識されない、自然の変化以上に微細で僅かな差異を刻んでいくものなのだと思います。

真新しいコンクリート打ち放しの色は5.0Y 7.5/0.3程度。南洋堂の外壁と比べると二段階くらい明るい印象があります。また以前測色した早川邦彦氏設計の住宅は5.0Y 7.0/0.3程度でした。これまで多々測ってきた経験から、明度は6.5~7.5程度のものが一般的にはコンクリートの色として馴染みがある範囲だと考えています。

よく『素材色は一律でないから数値は役に立たない』と言われることがあります。確かに経年変化する素材の色を測る、という行為は、あくまでその瞬間を切り取ることでしかありません。ですが、上記のように変化の度合いを把握すればよいわけですし、客観的なものさしによって数値に置き換えられた色が、様々な判断を正しい方向に導くために大きな効果を発揮することが数多くあります。

例えば比較対象のサンプル(基準)として。この明度に対し、この素材がどれくらい対比的なのか、融和的なのか。基準(軸)があることにより、差異の強度がコントロールしやすくなります(自在に、とまでは言いづらいのがまた難しいところではありますが)。

コンクリートの例でいけば、『時間の経過と共に明度は下がり、彩度は僅かに上昇する』という特性を持つ素材として、位置づけることが出来ます。さらにその変化の速度と自然の草木が持つ変化の幅や速度との相関性などにも何がしかの繋がりがある、と考えており、紅葉する葉の色の変化や湿った土が乾いていく階調など、環境の色に置き換えてみることもよく試みています。

先日、内藤廣建築設計事務所に勤務されていた方にお話を伺ったところ、事務所には環境を取り巻く要素を数値化する機材、あらゆるものが揃っていたそうです。温度計、湿度計の他、風速計や照度計等。客観的に数値化できるものは徹底的にデータ化して、身体と頭で覚えていく。そんな訓練の一つとして、色彩の数値化ももっと一般的になって行くとよいなと考えています。

素材の肌合いや艶感、微細なゆらぎ等を数値化することは出来ませんが、一度マテリアルを『色』という単位に置き換えて評価し、実際の見え方との比較や適切な強度を設定していくことに大いに役立ちます。

それはその素材と相性の良い素材(・色彩)を探り出す際、とても役に立つ基礎データです。

ところが、今日も『(明度)90超えのアーキテクトホワイト』なるキーワードを目にしてしまいました。常に最高の白でなければならない、という強迫観念?にも似た思い。これは様々な設計者から聞いてきた言葉の一つです。そのように頂点で際立つことを善しとする場合には、対象との比較により周囲との関係性を築いていくためのものさしは必要無く、それはそれでわかりやすいというか、経験に基づく信念であることには変わりは無いのかも知れません。

どちらが正しいとか間違っている、ということを言いたいのでは無く。上限・下限、あるいはその中間など、全ての際(キワ)にこそ、丁寧な検証が必要である、と思うのです。

自己紹介

自分の写真
色彩計画家/環境色彩デザイン/いろでまちをつなぐ/MATECO代表/色彩の現象性/まちあるき/ART/武蔵野美術大学・静岡文化芸術大学非常勤講師/港区・山梨県・八王子市景観アドバイザー/10YRCLUB/箱好き/土のコレクション/舟越桂