一昨年浜松で登壇した『建築家と白について』という対談の際、はじめてじっくりと建築の白について色々と考える機会を得ました。その時は建築家の方と対談という形式で話をさせて頂きましたが、それまで漠然としか理解できていなかった形態の抽象化のこと、また空間がかたちづくられるプロセスにおいて素材(と色彩)の選定が建築家にとってどのような意味を持っているのか等のことを深く知ることができました。
以来、何かとこのテーマについて尋ねられる機会が増え、自身も様々な資料を調べたり色々な建築家の考え方を学んだりする日々が続いています。
先日の立命館大でのレクチャーの際、ぜひこのテーマについて触れて欲しいという要望を頂き、更に出来れば批評をと言われました。専門家としての評価を求められること、特に学生の前ではお茶を濁すようなことは出来ないなあと思いつつ、公の場では自身が評価の軸をどこに置いているかをきちんと明示しなければならない、と感じました。
私は現在、都市やまち、そして様々な建築・工作物に係わる仕事をしていますが、建築の専門的な教育を受けてはいませんので、建築設計という専門的な見地からの批評は出来るはずがありません。ただ、自身が学んできた『色彩学』という学問を切り口とした際、建築の白に対して建築のそれとは異なるアプローチが出来るのではと考えるようになりました。
自身の理解では建築とは文化をつくることであり、時間軸や空間軸におけるあらゆる事象を解いた上で成り立つもの・こと、であると考えています。ゆえに建築の専門的な知識や技術だけでは解けないことも多いはずだと思いますし、私達の眼前にある姿を持って表れる以上、視覚に訴えかける情報・メッセージが発せられるものです。
物体が持つ何らかのテクスチャー(手触り)がかたちを把握するための手掛かりとなり、その質感や色合い、双方があいまってもたらす陰影等は見る人の心理や心情に様々な影響を与えるものです。その素材や色彩が与える影響を、色彩学の観点から解くと何が見えてくるのか…。
この一年半あまり、特にそのような立ち位置を意識して、まちや建築のことを考えています。
さて前置きが少々長くなりましたが、建築学生からの質問への解答、第二弾です。
◎色と時間・白い壁
●質問5
白い建築はまめに塗り直したりして白を維持しているんですか?
ホワイトボックスが20~30年経った時にどんな表情になるのか気になります。
20~30年後、私も大変気になります。この仕事に就いてかれこれ22年になりますが、仕事を始めたころはさほど白を意識していませんでしたし、環境色彩デザインの方法論では外装の大きな面積に視認性・誘目性の高い白を用いること(=色彩学的に過剰に際立たせること)は避けるため、いわゆるホワイトボックスの経過について、自身の選定事例を挙げて解説することはできません。
一般的な例として、竣工後約2年を経過した集合住宅の一部をご紹介しておきます。激しく汚れが目立つという程ではありませんでしたが、それでも大きく平滑な壁面にはいくつかの雨筋が浮かび上がっていました。これはあくまで一つの例です。この事例については引き続き、様子を観察して行こうと思います(…決して人様のあらさがしをするわけではなく)。
外壁の塗り直しの周期について少し調べてみました。住宅金融支援機構のサイトには15~20年で全面改修を検討すべし、とありました。塗装の表面だけの問題ではなく、時間が経つと躯体の劣化が進行する恐れもあり、長く放っておくと下地の補修にも多額の費用がかかるので、早めの対応が肝心である、とも記載されています。
自身がこれまでいくつか外壁修繕に係わった都市機構の団地等でも、外壁や鉄部の塗装などの部位毎の修繕周期が10~15年ごとに定められています。民間の集合住宅等でも10年程度で必要に応じて補修や塗装を行うというような修繕計画が立てられています。
このように修繕の目安が15年程度を初期の修前のタイミングとして推奨されていることを考えると、20~30年、ホワイトボックス(あくまで塗装を前提)が竣工当初のままの状態でいることは難しいのでは、ということが推測されます。一方、15年という周期よりもこまめに塗装をし直す、ということは現実的な費用や手間を考えると持ち主にとっての負担の大きさが気になることころです。
一方では、近年様々なメーカーによって耐久性・防汚性の高い白い製品や白を保つための技術が開発されています。そうした優れた機能を持つ建材を使用することが長く美しい白を維持するためには欠かせない視点であると言えると思いますが、光触媒の技術を用いた塗料等は光の当たらない北面や付近に建物等が近接していて雨があたりにくい場所ではその機能が発揮されないという側面もあり、環境や部位の特性に応じた仕上げ材の選定が不可欠であることには変わりはありません。自身の経験では建材や仕上げ材単体が持つ性能に頼り過ぎると、他の側面からの影響を見落とす可能性が高まり大変危険である、ということが身に染みています。
色彩学の観点から見た時、高明度の白は他のどの色よりも際立ち手前に進出して見える色、という特性を無視することができません。建築家のいう抽象化を色彩で表現するのであれば、周辺の環境に馴染まる(=時には迷彩のようにスケール感も)、ということの方がはるかに効果的です。が、これはあくまで視覚情報としての色が持つ特性です。今後は更に形態やボリュームとの関係、を解いて行こうと思います。
●質問6 建築の色の時間変化について
『化学材料には時間が染み込まない』というひとこと。以前建築家の内藤廣氏のレクチャーで聞いた言葉で、今でも強く記憶に残っています。氏はまた『時間の流れに抗う気持ちと素直に流されてみたい気持ち、双方を行き来している』ともおっしゃっていました。
自然素材の時間の経過と共に変化が味わいとなって行く様子、時間が染み込まない分、一気に老朽化したり部分的な劣化が目立ったりしやすい人工的な素材。様々な建材は技術の発達により耐久性が良くなり、長く美観を保つことも可能になりましたが、周囲にある様々な建材や自然を含めた環境の経年変化と、スピードがズレ過ぎてしまうことにも課題があるような気がしています。
壁面単体がいつまでも綺麗で輝いている分、その他の部分の老朽化が返って目立ってしまうという状況が考えられます。年月の推移のみならず一日の中でも時間の変化があり、四季折々のとても繊細な自然の変化と付き合う中で、どこまで時間に抗うべきか、どこから溶け合うべきなのか。自身が素材を選定する際は、そこが最も悩む部分です。
白に話を戻すと、高明度の白を用いるということは、時間をどう設計するかということに大きく係わってくると思っています。永く美観を保つという観点を重視するのであれば、雨を除けるために軒を深くしたり天端に勾配を設けたり、とにかく水の逃げ道をつくる。そして汚れにくい・汚れが付着しても落としやすい仕上げ材を使用する等、あらゆる工夫が必要でしょう。自身の立場からいえばそうした工夫や配慮のなされていない建築・工作物にはどんなに施主や設計者が要望しても、白を使うことは薦められません。
一方、時間の経過による変化を汚れや劣化と認識させないような材料の選定、という考え方や見せ方もあるように感じます。むしろ積極的に時間の変化を染み込こませるような塗料、見てみたいとも思います。そうした設計における工夫や配慮と生涯のメンテナンスに掛かる手間や費用をトータルに検証した上で、白を用いる意味や意義について、建築家は徹底的に考えているものだと信じています。
こうして改めて書き出してみると、まだまだ自身の中でも整理できていない部分の多いことが浮き彫りになります。学生が求めるスパッとした答えにはなっていませんが、この文面は全て自身の経験がベースであり、嘘はありません。
ところが先のレクチャーの際に内藤廣氏は至極スパッと話されていて、さすがだなあと思ってしまいました。『ウエディングドレスが綺麗なのは結婚式当日だけ。あんなもの着ていたら日常は出来ない』と。
…許可は取っていませんが、実は随分このフレーズも使わせて頂いています。
こうした自身の正直さがどこまで役に立つか、甚だ心許なくなってきましたが、引き続き建築の白がもたらす色彩学的な意味や効果、そして課題について、考え検証し続けて行きたいと思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿