2014年3月17日月曜日

建築・土木設計を学ぶ学生のための色彩学⑨-10YR(じゅうワイアール)はどこにある?

『とりあえず』と付けたタイトルが良かったのか…、前の『とりえあえず10YR(じゅうワイアール)で』は沢山の方にご覧いただけたようです。

気をよくして…ということではなく、では身近なツールで10YR系の色をどのように選び・指定に使用すればいいか、をご紹介しておきます。
これは以前から事務所のスタッフ達ともやってみよう、と話あっていたことなのですが、JIS(日本工業規格)の標準色票日本塗料工業会発行の標準色見本帳を比較し、見本帳の色構成を視覚化してみました。

上段はJIS標準色票、下段は日本塗料工業会が発行する標準色見本帳にある10YR系の色。
JISで採用されている『マンセル表色系』というのは、色を表記・記録するための体系の一つです。色彩の規格、として活用されています。

日本塗料工業会の色見本帳というのは、恐らく日本の建築・土木設計界で最も汎用性が高く、広く活用されているツールである、ということができます。『建築物・構造物・設備機器・景観設備・インテリアなどの塗装によく使われる色』が抜粋され、一冊の見本帳にまとまっています。

全色相の明度・彩度が網羅できれば一番良いのですが、見本帳としての汎用性が低くなってしまう(価格や使い勝手の問題)ため、632色(2013年度・G版)に集約されています。

上下を比べてみると、JIS規格には表記の無い明度6.5や7.5の低彩度色(2以下)が充実していること、彩度4や5が無く、5以下の中・低明度色が少ないこと等がわかります。これは中高明度・低彩度色が建築や土木・インテリアの基本色として頻度が高いことに由来しており、塗料においては0.5刻みで微妙な差違が網羅できるようになっています。

これは使用頻度もさることながら、塗料の調合を前提とした場合、再現がしにくい、あるいは退色しやすい色であるという顔料の特性も考慮されています。低明度色や高彩度色の下部には記号があり、『エマルジョン系では色がでにくい色』『エマルジョン系およびそれ以外の塗料でも、種類によっては色が出にくい色』等の注意書きがあります。これは色相10YRに限らず、その他の色相でもそうした傾向があります。

汎用性が高い色を使うという行為に対し、建築家としては『周囲と同じ・近いなんてあり得ない』と思う方も多いことでしょう。10YRに関しては『とりあえず』と申し上げておりますので、異論のある方はどうぞ我が道をお進み下さい(…しつこいw)。

本項はあくまで『色を使わなくてはならない場合』『周辺と調和の図りやすい色とは何なのか?』とお困りの場合、役に立てばと思ってまとめているものです。
単体としての色相調和を構成すること、そして自然素材や樹木の緑・四季の変化を阻害しない色群として、10YRは『とりあえず』使ってみて損はない色相です。
是非一度、お試しあれ。


市販の色見本帳に関してのあれこれ・参考:見本帳にない色をどうすればいいのか問題
参考:色見本帳の選び方

2014年3月10日月曜日

建築・土木設計を学ぶ学生のための色彩学⑧-とりあえず10YR(じゅうワイアール)で。

環境色彩のこと、あれこれ書き連ねておりますが、『結局のところ、何色にすればいいのか?』と聞かれることも多くあります。また、なぜその色なのか・その色でなければならないのか…。

計画に携わる自身は、ひとつひとつに選定の論理があります。行けるところまでは理詰めで、というのが師匠の口癖です。

周辺の基調となっている色相、慣れ親しみのある寛容色、自然の緑が映える色、形態や規模との関係性、他のマテリアルとの相性…。選ぶというよりも様々な事象をフィルターのように積み重ねて行き、抽出して残ったものを決定色として使っているという意識もあります。

自身が色を選ぶのではなく、環境や状況・対象物が色を決めるのです。

そうした経験から『で、何色にすれば良いのか?』という問いに対しては、かなり自信をもって『とりあえず(色相)10YR(じゅうワイアール)で。』と言うことができます。

※以下、『とりあえずで色決めているのか』とか『もっと色は沢山あるだろう』とか『色じゃなく素材だ』…等とお考えの方は、読まなくて良いです。どうぞ我が道をお進み下さいw

とりあえず、とここで敢えて言うのは、日本の各地で色彩調査を行ってきた経験や建材が持っている色彩の傾向、時代の変化があっても尚、建築の外装色には中心色が存在すること、山間部や郊外に限らず、私達の暮らしにとって自然の緑の存在が景色に与えている影響が大きいこと…等々を検証した結果であり、きちんとした裏付けがあります。

それを信じて頂けるのであれば、『とりあえず』10YR系でまとめてみると、『一つの建築・工作物としての調和感を形成しやすく』、『周辺環境との調和を図りやすい』ということを体験の上、ご納得いただけるのではないかと思います。アレンジはそこから、で良いのではないでしょうか。

先週実施した北新宿の住宅街での調査結果。基調色の中心は10YR。
歴史的な文脈が無いと思われる地域でも、基調色には傾向があります。
10YRというのは色相(色合い)を表しています。YRは(イエローレッド)、マンセル色相環の中でもっとも赤みの少ない、時計周りにずれると隣はY(イエロー)になり、反時計周りにずれると赤みの強いYR(イエローレッド)系になる、という色相です。

10YRという色相はまた、

自然界の土や砂、石等、動かない大面積が持っている色相
・樹木の幹や製材した木材、枯れ葉等が持っている色相
・日本の伝統的な建築物(木・土壁・漆喰…)等が持っている色相
・コンクリート、アルミサッシ、ガラス…等、近代の素材と色相が近く、馴染みやすい色相

でもあります。自然界の中で『動かない色』というのは、年間を通じて変化が少なく、移り変わる草木・花の色を支える地としての役割を持っています。

これを街並みに置き換えると、建築物や舗装等は『その地に定着し大面積を持つもの』に当たりますから、自然界の動かない色が持つ色相を手本にすることは素直で理にかなったことだと考えています。

よく白や灰、黒などニュートラル(無彩色)を用いて『周辺から突出しない』とか、『違和感や圧迫感の無い』と言う設計者・建築家も多くいらっしゃいます。白については抽象化の問題もあり、むしろ混沌とした周辺から逃れるために白、という解釈もあります。

それを否定するつもりはありませんが、『白は目立たない・気配を感じさせない』というのは(色彩学的には)誤りです。昼夜を問わず視認性の高い高明度色は、白手袋・白ヘルメット・白線等に用いられることからも、『雑踏の中でもよく目立つ』色の代表であることがわかります。

明度(明るさ)・彩度(鮮やかさ)の選定については、周辺の環境(都市部なのか、緑が多い地域なのか)や規模・用途などとの関係で吟味する必要があります(…それくらいは頑張って考えて下さい)。

街並みの連続性やまとまり、を考える時。一律に揃っていることが重要なのではなく、『何となく感じられる傾向』とか『全体をつなぐ骨格』が大切なのだと考えています。かつての日本の街並みにおいてはそのまとまりは『自然素材』が担っていました。様々な建材が混在する近代では、『基調色における10YRという色相』がその代役になる、と考えています。

もちろん、面的な開発を行う場合等はもっと積極的に多色相を推奨したり、ガラスや金属等の建材を多用することによりまとまりをつくる、等の方法もあります。

ただ、『(塗装を前提とした場合で)…何色を使えば良いのかさっぱりわからない』という場合、どうかこの『とりあえず10YRで』という呪文(?)を思い出してみて下さい。一つの色相の中にある濃淡・強弱は、既に一つの軸を持っています。一つの色相の中であれば、何色使っても調和が崩れることはありません(これ本当!)。

…騙されたと思って、お試しあれ。

おまけ:ブルーシートをYRにすると…。→こちら

自己紹介

自分の写真
色彩計画家/環境色彩デザイン/いろでまちをつなぐ/MATECO代表/色彩の現象性/まちあるき/ART/武蔵野美術大学・静岡文化芸術大学非常勤講師/港区・山梨県・八王子市景観アドバイザー/10YRCLUB/箱好き/土のコレクション/舟越桂