近年、集合・戸建に係らず、住宅の(アルミ)サッシの色をどうするかということを検討する際、黒や濃茶等の濃色を選ぶことに躊躇される方が多く、濃色を提案しても採用されない場合が数件ありました。
それにはいくつかの理由が考えられます。
- 外装・内装色が総じて高明度化しており、明るい基調色に対し線的に出現する濃色が対比的に感じられるため
- 白基調(特に壁)のインテリアに対し、濃色のサッシ(フレーム)が室内の開放感の妨げになる、と懸念されるため
- 濃色を使ったことが無い・最近はあまり濃色を使わない等、近年の傾向に抵抗することへの不安感
詩仙堂。濃色の柱越しに明るい庭を見ると、やはり外の景色の方が印象的に移ります。 |
もちろん、この景色をそのまま現代に当てはめることは出来ませんが、少なくとも『濃色のサッシが室内の開放感の妨げになる』ということは払拭できるのではないか、と感じます。
外装の白と同じように、とにかく明るく・白っぽいものの方が存在感を消すことが出来る、という考え方はやや乱暴であり、明るさの見え方・感じ方は周辺の色や照明の具合など、他の要素との関係性によって決定付けられますから、一つの部材を検討する際も単に時代の傾向や慣習に頼りすぎることなく、常にその環境・空間の状態を推測・検証し選定にあたるべきだと思っています。
庭園に用いられる白系の砂利は、反射光を室内に取り込むため、という記述を以前読んだことがあります |
ほの暗い室内に居ると、視覚的な情報量が減少する分、ちょっとした風で庭の木々が触れあう音、どこかで焚かれている香のかおりなど、五感が心地よく刺激される、という感覚を体験しました。
東福寺。石のテクスチャーの違いによる灰色の濃淡。 |
同じく東福寺。しっとりとした艶のある灰色。 |
東福寺、方丈南庭の際。灰色によるコンポジション。 |
でも実際に訪れてみると、瓦の色むらや苔生す石、大判の石材と砂利のスケールの対比等、実に細やかで、自然に同調するような微細な変化が感じられ、周辺は夏の緑一色でしたが決して見飽きることはありませんでした。もちろん紅葉時期もより一層、素晴らしい景色が眺められることでしょう。
東福寺の方丈庭園。思ったよりもこじんまりしたスケール感、苔のボリューム。訪れてみないとわからないことは多くあります。 |
部材の色を決める場合、様々な条件を自身で設定しますが、もっと時間を遡ってそのあり様を考えてみることも必要なのではないか、と常々考えています。単に和風・洋風といったスタイルにとらわれず、長く自然環境と付き合ってきた先人達の知恵や経験を生かすべき部分が、数多くあるはずだと思うのです。
新しい建材は機能に優れていて、多く使われるほどに求めやすいコストになって行くなど、よい面が多くあり、そうした進化を否定するつもりは全くありません。ただ、その選定においては選ぶ側にも多大な責任があり、一つの部材が景色までを変えてしまう可能性もあるのだ、ということを今まで以上に意識していきたいと思いました。
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