2012年12月21日金曜日

測色016-木材会館の経年変化

2012年も残り僅かとなってきました。
今年は例年にない慌しさで、事務所の大掃除・年賀状作成の目処が未だ立っておりません…。

測色シリーズ、今年も随分とマイペースに続けて来ました。
改めてじっくりと素材・色彩を見る、ということの面白さ、毎回様々な気付きがあります。

夏から秋にかけて、新木場にあるとあるアーティストのアトリエに何回か脚を運ぶ機会がありました。初めのうちは打合せで精一杯だったのですが、話がようやく起動に乗った頃、帰りに新木場駅周辺を見て回る余裕が出てきました。

駅前にある木材会館は2009年6月に竣工した東京木材問屋協同組合の事務所兼貸オフィスビルです。

竣工から約9ヶ月後、外観を拝見したことがありましたが、3年を経過した現在は木材の色が随分と落ち着いた印象になっていました。
早速、いつもの見本帳を取り出して実測。

ファサード正面、3.0Y 6.0/1.5程度。
同じ角材の側面、10YR 6.0/3.0程度。
陽に晒されていない奥の方の柱は、7.5YR 5.0/4.0程度。
木材の経年変化の様子、色相は赤みが抜け、明度が上がり、彩度は下がっていく様子が見て取れました。

コンクリート本実型枠部分、5.0Y 6.5/1.0程度。
自然素材の色むらは、自然の現象がつくり出したものです。変化の様子を見ると、どこに陽が当たって、雨風が吹き込んで来るのか…を想像することも出来ます。

測色結果をマンセルプロット図に落としたもの。周囲にある色の帯は、自然景観色の推移を示しています。
製材した木材はそこからまた新しい時間の変化を刻み、表情が変わって行きますが、樹木の幹の色は自然景観の中では“動かない色”にあたります。大地の土や砂、石などのように、一年を通して草花の色等に比べるとずっと変化が少なく、また地上において大きな面積を占める、自然界の基調色である、と言えるでしょう。

自然界にはまた、命あるものが色を持っている、という法則があります。鮮やかな色を持つ花も一時的なものであり、徐々に枯れ色に変化して行きます。
人間も同様、血が通っていることで、顔色が生き生きとしたり、外気温の変化によって顔が赤らんだり。年齢を重ねると代謝が下がりますから、顔色がくすんで見えやすくなりますし、更に命を全うし、火葬された後には全ての色を失い白い骨となります。

いつまでも変わらない色を有する、ということは自然に抗う行為です。変化し続け、それがいつかは失われる、ということに貴重な時間の流れを感じることが出来るのではないでしょうか。だからこそ命ある時間を大切に慈しむ、という精神を保てるのではないか、と考えることがあります。

自然界にあるもの・見た景色から、私達は様々な刺激を受け、インスピレーションを得ています。豊かな表情を持つ素材の、あるがままを受け入れること。または丁寧な加工を施し、長く美観を保てるような工夫を重ね、新しい命を吹き込むこと。

自然素材をふんだんに使用した木材会館の3年後を拝見し、素材の選定は慎重かつ大胆に、という思考・検証の行き来が繰り返された結果なのではないか、と感じました。

2012年12月7日金曜日

【お知らせ】エッセンシャルライトイベント Vol.02 に参加します

2012年12月12日(水) 19:00より開催されますエッセンシャルライトジャパン主催の『エッセンシャルライトイベントVol.02』にて、光と色に関するプレゼンテーションをさせて頂くこととなりました。

師走の慌しい時期ではございますが、他多数の照明メーカーのプレゼンテーションがあり、特に過渡期ともいえるLED照明について、多様な見識に触れられるとても良い機会だと思いますので、ご興味のあります方、是非ご参加下さい。


【L-1プレゼンテーション Vol 2】

L-1プレゼンテーションは様々なジャンルの方が「一押しの光」を短い時間で一気にPRするイベントです。

ギュッと凝縮し た素敵なプレゼンを行っていただきます。2回目となる今回は、前回に引き続き光の専門家である「照明メーカー」を中心にした方々にプレゼンテーションしていただきます。

LED全盛の現在、メーカー各社はどう光を向き合っているのか
これからの照明業界はどうなるのか
貴重でマニア ックな話を聞くことができるチャンスです。

主催:エッセンシャルライト ジャパン プロジェクト
共催:公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会・東日本ブロックライティングデザイン研究会
日時:20121212() 19:00 START18:00開場)
場所アクシスギャラリー・六本木アクシスビル4F

参加企業:
SD.hess Lighting株式会社
エルコライティング株式会社
カネカ株式会社
カラープランニングコーポレーション クリマ
コイズミ照明株式会社
山友工業株式会社
大光電機株式会社
有限会社タマ・テック・ラボ
株式会社フィリップス エレクトロニクス ジャパン
ルートロン アスカ株式会社


お申し込みはこちら


他の方々は皆照明に関するプロ中のプロばかりですので、私は自身の分野から、光によって浮かび上がる色彩とその変化のことなどについて、お話しようと思います。
どうぞ宜しくお願い致します。

2012年11月24日土曜日

建築・土木設計を学ぶ学生のための色彩学①-色見本帳の選び方

表題、ちょっと大げさですが…。
建築や土木の設計においてはその専門性に即した色彩学、が必要ですしあるべきだと考えています。自身が曲がりなりにも20年と少し、そのような対象と向き合ってきた経験から、何か役に立つことをコンパクトにまとめることが出来れば良いなと思い、本Blogを書き始めました。

今後は『特に重要!』という内容には、このタイトルを使って行きたいと思います。


色の数は(物理的な意味で)無限にあります。
種類が豊富であるということは、選択の自由さや多様性の象徴ですが、時としてその“お腹一杯”な具合に辟易してしまう場面も増えつつあるように感じています。

今海外のとあるプロジェクトで、2000色の塗料から建築設計に使いやすい200色を抽出し、カラーシステムを構築するという作業に携わっています。
2000色という色数、例えば日本で最も汎用性のある日本塗料工業会の色見本帳は632色(2011年度版)と比べるとその充実ぶりが伺えますが、中には区別のしずらい、誤差の範囲とも取れるような差異のものも見られます。色数の豊富さをむやみに競うより、使いやすくこなれた色群をまとめる編集力が高められ、“適切な”数量を賢く使いこなす方向へシフトして行くとよいな、と考えています。

色見本帳を使用する目的には大きく2つの段階があり、一つは『色を選ぶ』ためのツールとして、もう一つは『選んだ色を指定・指示する』ための共通ルールとして、ということが言えると思います。

ごく簡単ではありますが、入手しやすい市販の色見本帳の特徴と利点、扱う際の留意事項をまとめてみました。
他にも多々ありますが、価格があまりに高価で、学生や若い方が気軽に入手できるものではありませんし、自身も持っていませんのでここでの紹介は省きます。(ご興味のあります方はこちら。)

想像力を膨らませたり、既にある素材(天然石や木材等)の近似色を選定する際には出来るだけ色数が多い方が良いかも知れませんが、その際使用する色見本に汎用性が無いと、指定や指示の際には問題が生じます。

設計の実務においてはこの『指定・指示にかかる時間』を考慮しなくてはなりません。製品の色見本を製作するのにメーカーに依頼した場合、塗料等は大体一週間、タイルは2週間前後、金属の焼付塗装等は2週間~1ヶ月…と製造のプロセスによって見本の仕上がりには時差があります。

目的に合ったツールを使う。環境色彩デザインにおいても、道具選びは重要です。

日本塗料工業会 標準色見本帳(通称日塗工・全632色)
2年毎に改訂され、持ち歩きしやすいポケット版とミシン目があり切り取りが可能なワイド晩の2種があります。
建築・土木などによく使われる暖色系の低彩度色が充実しており、ポケット板が一冊あれば簡易な調査から計画・指定まで、『とりあえず』は事足ります。

使い慣れてくると『この色の彩度をもう少し下げたい』など、欲求が出てきますが、例えば『19-60B(10YR 6.0/1.0)とN60の中間』と指示をすれば、彩度を0.5程度下げた色、10YR 6.0/0.5程度を指定することも可能です。
(全ての建材で同様の指示が通るとか限らず、現場やメーカーの営業や工場の方とのコミュニケーションが必要になります。)

ポケット板は現在、Amazonでも購入可能になり、その手軽さと利便性、普及率が最も高いツールと言えるでしょう。

日本ペイント エクステリアカラー(全340色)
塗料工業会の標準色見本帳に比べると高価ですが、何より『エクステリア』用と謳われているだけあって、マンセル表色系の分類法に従い系統的に分類され、色相・トーンが揃っている点が大変優れていると思います。
販売元のHPにはカット式の色見本帳の掲載しか見当たりませんが、CLIMATには全体のシステムがわかる蛇腹式のチャートがあり、色相・明度・彩度が整い、いわゆる『コーディネートのしやすさ』という点でとても使いやすい製品です。

常々、“色は構造”であるということを意識していますが、その構造をひと目で・一覧に表記している建築・土木等設計用の色見本帳というのはあまり見かけることがありません。

日塗工の632色がこのようなチャートになっていると大変便利だと思うのですが。…ちょっと作ってみようかとも目論んでいます。

かれこれ10年くらい使っているのでボロボロですが…。背面に領布価格は2000円と記載がありました。
マンセル値と共に記載されている色番号は日本ペイントのオリジナルの品番ですから、他製品の場合、指定等には通用しませんが、チップを切り取って渡せば他の色票と同様の『現物』ですから、そういう使い方は可能です(…メーカーの方には怒られそうですが)。

ちなみにサンプルなどで指定の色をつくってもらうには番号やマンセル値の指示よりも、色見本(色票やタイルであればタイル現品)を渡し、その見本に色を合わせてもらうのが最も確実だと思います。依頼と指示・指定、それぞれにふさわしい方法がいくつかありそうです。

クロマリズム(全1280色)
主に内装用として開発された色見本帳。マンセル値が記載されており、色相配列になっているので大変見やすい見本帳の一つです。クロマリズムはこの本体(…ポケット、と呼ぶにはいささかサイズが大きく重いので、持ち歩きはしづらいです)のみで、カット出来るチップがありません。
しかし、色相配列の色見本帳は検討用には便利で、例えば日塗工の見本に無い色をこちらで探して、その色を元に色票を作成し現場へ手渡しする、といった使い方が可能です。


その他、PANTONEやDICの色見本帳は色数が豊富で文具・画材店等でも扱いがあり、デザイン科の学生はこちらの方が親しみがあると思います。しかしこれらの色見本は多色の使用を必要とするグラフィックやプロダクト製品等のデザインのために開発されたものであり、その豊富な色の中からグラフィックデザイン等とは目的の異なる建築や土木、ランドスケープデザイン等において『使えない色』が多すぎるように感じます。

『使いたい色』を抽出するために、検討の対象や目的毎に、色見本帳を使い分けることが望ましい、と思っています。

余談ですが、日本ペイントの色彩ツールの中に、日建設計基準色2010(47色)というものがありました。竹中工務店の色見本帳というものもあり、これは以前設計の方に譲って頂いたことがありますが、こちらも47色でした。
自身の経験からすると『う~んここまで絞るのか』と唸ってしまうほど、ニュートラル系の低彩度色を中心とした構成でした。(もちろん、業務によって色々な使い分けがなされていることと思います。)

色彩検討のために必要な色の幅、選定のために必要なツール、指定・管理のために求められる汎用性。これらの段階をしっかり意識しつつ、適切な使い分けをしていけば、色に対する苦手意識はきっと払拭できると思っています。

2012年11月7日水曜日

測色016-南洋堂書店


2008年より、KANDAルネッサンスというタウン誌に神田の色というテーマでリレーコラムを書かせて頂いています。自身の番が来るたび神田のまちを散策し、興味ある素材や色彩を探すのはとても楽しく、この測色シリーズを始めたきっかけの一つでもあります。

まもなく発行される96号の題材として取り上げたのは南洋堂。建築関係の専門書を扱う書店です。1980年に建築家・土岐新氏により設計されたコンクリート造の外観は、深い溝に落ちる濃い影と端正なグリッドパターンが独特の表情をつくり出しています。およそ32年を経過したコンクリートの色は5.0Y 5.3/1.0程度でした。

2007年の改修時に誕生したドローイングギャラリー。

建築の基調色の測色は日本塗料工業会の標準色見本帳で大体間に合います。
壁面に近づいてみると型枠の跡や骨材の粒が認識でき、天然石のような気泡も見られ、そうした“シミやシワ”の刻まれた外観は長い時間の蓄積を感じさせます。時間の経過は通常は意識されない、自然の変化以上に微細で僅かな差異を刻んでいくものなのだと思います。

真新しいコンクリート打ち放しの色は5.0Y 7.5/0.3程度。南洋堂の外壁と比べると二段階くらい明るい印象があります。また以前測色した早川邦彦氏設計の住宅は5.0Y 7.0/0.3程度でした。これまで多々測ってきた経験から、明度は6.5~7.5程度のものが一般的にはコンクリートの色として馴染みがある範囲だと考えています。

よく『素材色は一律でないから数値は役に立たない』と言われることがあります。確かに経年変化する素材の色を測る、という行為は、あくまでその瞬間を切り取ることでしかありません。ですが、上記のように変化の度合いを把握すればよいわけですし、客観的なものさしによって数値に置き換えられた色が、様々な判断を正しい方向に導くために大きな効果を発揮することが数多くあります。

例えば比較対象のサンプル(基準)として。この明度に対し、この素材がどれくらい対比的なのか、融和的なのか。基準(軸)があることにより、差異の強度がコントロールしやすくなります(自在に、とまでは言いづらいのがまた難しいところではありますが)。

コンクリートの例でいけば、『時間の経過と共に明度は下がり、彩度は僅かに上昇する』という特性を持つ素材として、位置づけることが出来ます。さらにその変化の速度と自然の草木が持つ変化の幅や速度との相関性などにも何がしかの繋がりがある、と考えており、紅葉する葉の色の変化や湿った土が乾いていく階調など、環境の色に置き換えてみることもよく試みています。

先日、内藤廣建築設計事務所に勤務されていた方にお話を伺ったところ、事務所には環境を取り巻く要素を数値化する機材、あらゆるものが揃っていたそうです。温度計、湿度計の他、風速計や照度計等。客観的に数値化できるものは徹底的にデータ化して、身体と頭で覚えていく。そんな訓練の一つとして、色彩の数値化ももっと一般的になって行くとよいなと考えています。

素材の肌合いや艶感、微細なゆらぎ等を数値化することは出来ませんが、一度マテリアルを『色』という単位に置き換えて評価し、実際の見え方との比較や適切な強度を設定していくことに大いに役立ちます。

それはその素材と相性の良い素材(・色彩)を探り出す際、とても役に立つ基礎データです。

ところが、今日も『(明度)90超えのアーキテクトホワイト』なるキーワードを目にしてしまいました。常に最高の白でなければならない、という強迫観念?にも似た思い。これは様々な設計者から聞いてきた言葉の一つです。そのように頂点で際立つことを善しとする場合には、対象との比較により周囲との関係性を築いていくためのものさしは必要無く、それはそれでわかりやすいというか、経験に基づく信念であることには変わりは無いのかも知れません。

どちらが正しいとか間違っている、ということを言いたいのでは無く。上限・下限、あるいはその中間など、全ての際(キワ)にこそ、丁寧な検証が必要である、と思うのです。

2012年10月12日金曜日

MATECO第二回勉強会のお知らせ


素材色彩研究会MATECOの第二回勉強会のお知らせです。詳細、MATECOのblogをご覧下さい。


今年6月に実施しましたタイル工場見学会の内容を元に、タイル施工店・不二窯業株式会社の方や建築家の蘆田暢人氏をお迎えし、生産・設計・施工、それぞれの側面からタイルという素材について探求する会にしたいと考えています。 

蘆田氏は昨年まで内藤廣建築設計事務所に在籍されていた方です。前職では虎屋京都店や島根芸術文化センター等をご担当されていました。
ある偶然から私が以前書いた虎屋のタイルについての文章をお読み下さり、何度かメッセージをやり取りさせて頂くうち、是非もっと詳しくお話を伺ってみたいと思い今回のレクチャーをお願いしました。

建築家の方が素材を選定するプロセスや決定の論理について、どのようなお考えで素材と向き合っていらっしゃるのか…。素材・色彩という切り口から作品を語って頂くという、とても贅沢な(そして滅多にない)機会だと思います。

今回の勉強会は見学会に参加した方が面白かった・ためになった、で終わりにしてしまうのはあまりに惜しい内容でしたので、参加できなかった方々とも情報を共有するためにどうすれば良いか、というところからスタートしました。

タイルという建材が設計・施工のプロセスの中でどのような役割を果たすのか、またなぜタイルなのか、ということをそれぞれの立場からトータルに追求してみよう、という試みです。

工場内にあった様々なタイルのデータ。細かなデータがびっしりと記載されていました。勉強会では工場見学のレポートもご紹介します。
勉強会というとカタイ印象かもしれませんが、目指しているのはMATECOラボ&ゼミ、というイメージです。
どうぞお気軽にご参加下さい。

●テーマ 『素材が立ち上がるまで-日本のタイル 生産・設計・施工の現場から』
●プログラム
・タイルとは?-タイル工場見学報告(見学会参加者有志より) 15
・タイルの施工技術について-明治から現在まで
        (仮題・田村柚香里氏+清水真人氏+田中信之氏) 45
・設計の現場から-タイルという素材(仮題・蘆田暢人氏)     45
・質疑応答(全体でディスカッション)                                    45
・ゲストプロフィール
 不二窯業株式会社 http://www.fujiyogyo.co.jp/
 蘆田暢人氏(蘆田暢人建築設計事務所代表, ENERGY MEET共同主宰)
 
●日時:2012112日(金) 18302100 
●参加費:500円(会場費・お茶代)
●定員:30
●場所:幸伸ビル GROUNDSCAPE KNOT 【文京区本郷6-16-3 地下1階】
●連絡先(事前):加藤幸枝/ykatoykato(アットマーク)gmail.com
●連絡先(当日):お申込みの際、ご連絡します。
●申し込み:100mateco(アットマーク)gmail.com 宛に、
 氏名・年齢・連絡先・所属(学生の方は学部・学科も)をご記入の上、メールにてお申し込み下さい。

2012年10月1日月曜日

環境色彩デザインのイノベーションとは?

仕事をしていて日々感じることですが、何事にもイノベーション(革新)、が求められています。
まちなみ形成に関していえば欧州や欧米の成功事例はもうたくさん、事情が違う、歴史が違う、まちの成り立ちが違う=日本の(アジアの)参考にはならない…。

私自身もこれまで様々なシンポジウムや講演会等でそのように感じたことは数多くあり、ある時期からは『もう充分かな、もっともっと具体的な解決策を提示していかないと』と考えるようになりました。
(最近はその反動もあり、また色々なシンポジウム等にも参加する機会が増えつつありますが…。)

近年は国内の調査や中国へ行く機会が増え、改めて独自の方法論やシステムを確立しなければならない、と試行錯誤を繰り返していますが、そもそも環境色彩デザインの革新ってどういうことだろう?と立ち止まることがしばしばあります。

先月、山梨の甲州市へ調査に行った際のこと。ワインツーリズム等で脚光を浴びている地ですが、ほぼ下戸な私はあまりワイン事情に詳しくなく、日本のワイナリーがどのようなものなのかきちんとした知識を持っていませんでした。


facebookに『トスカーナに来ました』というメッセージと共にupした画像。…信じてくれた知人がいました。
快晴だったこともあり、収穫を迎えたブドウ畑とそれを眺めながら味わうワイン、というシチュエーションがまさにバカンスのようだなあ、と感じました。仕事中ですからもちろん試飲は出来ませんでしたが(同行した我がボスは本当に残念そうでした…)、こういう景色をゆっくり味わってみたい、と思いました。


上の写真3点、勝沼ワイン醸造所にて。
後で調べてみたところ、ワイン好きな方の間ではとても有名な醸造所だということがわかりました。閑静な住宅街の一画にあり、わざわざ尋ねて行くような場所であり、目的を持って訪れる人のために看板や店構えそのものはグッと控えめとなっています。

びっしりとツタに覆われた外観。
穏やかな色合いの看板、近付けば視認性は充分です。
蔵を移築して造られたワインショップ。手前は広い駐車場、自然素材で舗装されていました。
もう2店、こちらは街道沿いのお店です。写真上・中段のお店は中の様子が外からはわからないため、一見開店しているのかなと思いましたが、入り口付近に看板が出ている様子から、営業中であることが伺えます。
こちらも同じくfacebookにupしたところ、建築設計を専門としている友人が『これだけ植物に覆われていれば、室内の温度・湿度はきっとワインに最適な状態に監理できているだろう』というコメントをくれました。

いずれもある部分はヨーロッパの雰囲気を持ちつつも、甲州の地形・気候を始めとする“風土”に根ざした景観が形成されていると感じました。

日本におけるワインづくりは1874年に山梨県で始まったと言われています。約140年の歴史を持っており、世界と比べれば歴史は浅いものの、風土から生まれる個性を『産地を味わう』ことを愉しむことを目指し、地域の生産や食文化を育みながらワイン製造が続けられてきたそうです。

…ここで冒頭の“イノベーション(革新)”に戻ります。
140年という時間の流れの中で、ゆっくりとその地に根付いてきた日本のワイン、ということを考える時、自身が考えているその地らしさのある色彩デザインも突如夜明けが来るわけではなく、まだまだ日々コツコツと積み上げて行かなくてはならいものなのかも知れない、と考えています。

今まさに革新が求められるタイミング(というよりもかなり切実な時代の要請)であることは間違いないですし、革新なくして次の段階には進めない、ということも自覚はしています。ですが今一度、その内容とどこに向けて発信をしていくことが一番効果的なのか、CLIMATのスタッフやMATECOのメンバーと共に考え続けて行きたいと思います。

同じく甲州市にて。これをヨシとしてきたことにも、時間が大きく係っていると感じています。

2012年9月12日水曜日

配慮が感じられる、ということ-京都市内の屋外広告物 その2

京都市内の屋外広告物について、嵐山界隈で見かけた事例をご紹介します。初めて訪れた地ですが、こんなにも賑やかな観光地だとは思っていませんでした。ちょうど日曜ということもあって、大変な人出だったのですが、宿の方にそのことを告げると『紅葉時期はもっとすごいですよ』という答えが返ってきました。

桂川沿いの景色。山並みと屋根並みの連なりが穏やかで、とても自然に感じられました。
渋い色合いののぼり旗。高彩度色を使用しなくても人の目を惹きつける事は可能です。
地色を統一した看板。色数も抑えられていて、まとまりがあります。
観光地ならではのにぎわいや京都らしさ(和のイメージや季節感)を生かした看板や店先のしつらいが数多く見受けられ、生かすべき歴史のあるまちとしての誇りや商人の心意気、のようなものを感じました。

ところが、そうした例とは対照的に著しく周辺環境と対比的な表示や工作物もいくつか見られました。

過剰な際立ち方の高明度色や周辺の景色と対比の強い寒色系の色。
市街地ではさほど意識されない自販機のデザインや色も、自然景観や伝統的な建築様式を持ったまちなみの中では違和感が大きく、過剰な目立ち方をしている、と感じます。

とあるお寺でも目立っていた寒色系の自販機。
念のため、自販機は不要だ等と思っている訳ではもちろんありません。先日紹介した事例のように嵐山の中でも店舗の外観に併せ木目のシートを貼った例など、『その場の雰囲気に合わせていくこと』が必要だと考えている、ということです。
 
川沿いの茶屋?に掲げられた派手な赤色の幕。背景の緑とは補色の関係、最も強い色相対比。
…周囲の景色が整えば整うほど、過剰な主張や目立ち方に対する違和感が増大するように感じるのは『色オタク』な人たちだけなのでしょうか?上の写真、川沿いの茶屋は遠くからもよく目立ち、あああそこに何かあるのだなという目印としては有効です。

でもここで休息をとる人たちは、対岸の木々の緑や水辺の景色(桂川は鵜飼の名所です)を楽しみたいことでしょう。寺院と庭園の関係と同じように、私たちヒトもその場に立てば景色の一部となり、周辺に影響を与えたり影響を受けたりするものです。

命を持ち動く動植物やヒトが持つ色彩は、時間や季節の変化(ヒトの場合は年齢や衣服)などにより刻々と変化し、景色に彩りを添える存在です。動植物やヒトがまとう色彩は一時的・動的なものですが、建築や工作物の外装色はその場に定位し殆どの場合その場を動きません。

見る・見られる関係で環境の色彩を捉えてみると、過剰な主張により『見られる』立場として成立することと、自身がそれを『見る』立場になったとき、どう感じるか、というバランスを考えざるを得なくなります。大抵の場合は(自分がつくる・表現するものが)どう見られるか、ということに意識を置いていると思いますが、見る側に立ったときどう感じるか、というのが『配慮』の本質だと考えます。

誰かの立場に立ってみること…。言うは易し、の最たるものかも知れません。
…っんなこと言っていても何の解決にもなりませんので、さくさくとあの手この手を使って、世界を変えて行きたいものです。

2012年9月9日日曜日

京都の景色から考える、現代の建材の色

もう少し、京都の景色から考えたことをまとめておきたいと思います。

近年、集合・戸建に係らず、住宅の(アルミ)サッシの色をどうするかということを検討する際、黒や濃茶等の濃色を選ぶことに躊躇される方が多く、濃色を提案しても採用されない場合が数件ありました。

それにはいくつかの理由が考えられます。
  1. 外装・内装色が総じて高明度化しており、明るい基調色に対し線的に出現する濃色が対比的に感じられるため
  2.  白基調(特に壁)のインテリアに対し、濃色のサッシ(フレーム)が室内の開放感の妨げになる、と懸念されるため
  3.  濃色を使ったことが無い・最近はあまり濃色を使わない等、近年の傾向に抵抗することへの不安感
設計者や事業主と話をしていると、濃色のサッシや手摺が却下される要因としては上記の3点が大きな割合を締めている、と感じます。もちろん、建築物の規模や意匠により、ステンカラー・アルマイトなどの明るい色調がふさわしい場合もありますし、濃色・淡色どちらでもバッチリ決まる、という場合もあります。

詩仙堂。濃色の柱越しに明るい庭を見ると、やはり外の景色の方が印象的に移ります。
夏の陽射しに照らされる詩仙堂の庭園を見ていたら、ふと外の景色だけを見ていることに気がつきました。初めは室内のつくりや天井の高さなどに気が行っていましたが、畳に腰を下ろすとやはり外の景色に目が行き、室内の装飾や柱の存在感はどんどん薄れて行きました。

もちろん、この景色をそのまま現代に当てはめることは出来ませんが、少なくとも『濃色のサッシが室内の開放感の妨げになる』ということは払拭できるのではないか、と感じます。

外装の白と同じように、とにかく明るく・白っぽいものの方が存在感を消すことが出来る、という考え方はやや乱暴であり、明るさの見え方・感じ方は周辺の色や照明の具合など、他の要素との関係性によって決定付けられますから、一つの部材を検討する際も単に時代の傾向や慣習に頼りすぎることなく、常にその環境・空間の状態を推測・検証し選定にあたるべきだと思っています。

庭園に用いられる白系の砂利は、反射光を室内に取り込むため、という記述を以前読んだことがあります
現在、室内の明るさ(照明)環境は数十年前と比較しても大きく変貌を(明るい方向に)遂げている、と思います。京都の寺院を巡っていると、昼間でも本当に暗い場所がたくさんありました。でも長くその場にいると徐々に慣れてきて、ほの暗い中で見る木の柱の質感や障子越しの柔らかな陽射し、鈍く光る襖の金箔等、暗さがもたらす趣や時間の変化の豊かさを味わうことが出来ました。

ほの暗い室内に居ると、視覚的な情報量が減少する分、ちょっとした風で庭の木々が触れあう音、どこかで焚かれている香のかおりなど、五感が心地よく刺激される、という感覚を体験しました。

東福寺。石のテクスチャーの違いによる灰色の濃淡。
同じく東福寺。しっとりとした艶のある灰色。
東福寺、方丈南庭の際。灰色によるコンポジション。
そしてもう一つ印象的だったのが、石材の様々な表情です。普段から素材には注視しているつもりですが、日本庭園を眺めていて改めて灰色の階調の豊かさに目を奪われました。東福寺、龍安寺、詩仙堂…。いずれも観光パンフレットなどに掲載されている写真は紅葉時期のもので、主役は四季の彩りであることが明確です。

でも実際に訪れてみると、瓦の色むらや苔生す石、大判の石材と砂利のスケールの対比等、実に細やかで、自然に同調するような微細な変化が感じられ、周辺は夏の緑一色でしたが決して見飽きることはありませんでした。もちろん紅葉時期もより一層、素晴らしい景色が眺められることでしょう。

東福寺の方丈庭園。思ったよりもこじんまりしたスケール感、苔のボリューム。訪れてみないとわからないことは多くあります。
庭園は造られた自然であり、そういった意味で寺院は建築物と庭園が一体的にデザインされている(内と外の見る・見られるの関係)のだと思います。近代になり自然素材以外の建材が数多く出現し、選択の可能性が広がったことから、内部・外部のデザインがそれぞれに多様化していった、という変遷もまちなみに大きな影響を与えています。

部材の色を決める場合、様々な条件を自身で設定しますが、もっと時間を遡ってそのあり様を考えてみることも必要なのではないか、と常々考えています。単に和風・洋風といったスタイルにとらわれず、長く自然環境と付き合ってきた先人達の知恵や経験を生かすべき部分が、数多くあるはずだと思うのです。

新しい建材は機能に優れていて、多く使われるほどに求めやすいコストになって行くなど、よい面が多くあり、そうした進化を否定するつもりは全くありません。ただ、その選定においては選ぶ側にも多大な責任があり、一つの部材が景色までを変えてしまう可能性もあるのだ、ということを今まで以上に意識していきたいと思いました。

2012年9月5日水曜日

塗装の可能性-山東省の調査より

順序がすっかり逆になってしまいましたが、先月中旬調査に行ってきた山東省の2つのまちの景色もご紹介しておきたいと思います。

今回の調査地は濱州市(ビンジュウ・bīn zhōu)と沾化(ジャンホア・zhān huà)県、二つのまちは70キロ程離れています。いずれもほんの10年前までは殆どが農村だったとのこと。わずか数年で新しい道路や河川、建物群が出現したということには驚きを隠せませんでした。
以下は2つのまちのより新しい方、沾化県の写真です。

市政府建物(県内で一番高層)屋上から眺めた景色。屋根の高彩度色は現実離れしていて、何か模型のような印象を与えます。
何もかもが新しく、(善し悪しは別として)きれい、という印象は感じます。でも何となく不安になるというか、どうしてこういう景色なんだろう、ということばかりに気が行ってしまいます。

こうした地域の古い集落は土壁の平屋で、写真の一帯は1950年代につくられたものだと聞きましたが、かなり老朽化が進んでいます。

私達は調査に行くと必ず、こうした地域の古い集落に案内をしてもらいます。そこには必ず地域の素材があるためです。ところが、地元の方々はこのような自然で穏やかな雰囲気の古い集落を歩きながら『こういう景色はホッとするけど、冬は寒いし不便だし、黄砂を思わせる家に住むのは嫌。』と言っていました。 …なるほど。

…どこまでが大地で、どこからが壁か。  
目の前の道は舗装が完了しています。この周辺の集落はあと一年ほどで壊されていくそうです。
一方、新しい住宅は同じ間取りの反復による団地のような形式です。上の屋上から撮影した写真にあるように、同じ形態・ボリュームの住棟が20・30と連続している場合が多く、特に外装が塗装の場合はファサードの与えるインパクトが大きい、と感じます。

それまで地域に育まれてきた建築の様式や素材・色彩から大きくかけ離れた建築物の外装は、どこにも根拠が無いように見え、延々と続く似たような景色に圧倒されることが多くあります。
 
明度8・彩度6程度の外装色。日本ではまず見かけない明るく鮮やかな基調色。

塗装にしか出来ない配色、があると考えています。これはリズミカルですが過剰な派手さは無く、ともて興味深い事例でした

日本でも『大きな面積に使用する塗装色の選定』や『群で出現する建築物のまとまりと変化のバランス』が最も難しく、積極的に色を使ってすぐに飽きられる例や、無難に淡色・単色でまとめてしまう例などが多く、自身も常々、どこまで塗料の特性を理解し、形態に応じたデザインを展開できているだろうか、と自問しています。

今回の山東省で鮮やかな色や対比の強い色が多く使用されていた理由の一つには、黄砂の影響があります。特に春先は始終景色がかすみ、何もかもが黄ばんで見えるのだそうです。塗装を施してもわずか2年ほどでくすんでしまうので(塗料自体の性能の問題もあると思いますが)、思い切り対比を強く、そして強い色を使うのだ、という話を聞きました。

自然素材を使った住宅はその地にあるものを利用し気候風土と上手く折り合いをつけながら暮らしてきた、という歴史があると思いますが、集合住宅として規模が大きくなった時、全てを土壁で仕上げるわけにはいきませんし、建築に使用する建材の変化と共に、色彩選択の新しい論理を組み立てていく必要があると感じています。もちろん、日本でも同じことが言えると思います。

素焼き瓦の家並みは自然の緑と馴染み、穏やかな景色です。背後にはまちの中心部で建設の進む高層の建物が見えます。
素材が現代の仕様やかつて無かった新しい建材に変わっていく際。これまでそれらの色のことはあまりにぞんざいに扱われてきたのではないか、という思いがいつも頭から離れません。

塗料は色表現の自由度が高い材料の一つですが、形態や規模・用途を総合的に鑑みると、建築の基調色の範囲は意外と狭い範囲に収まっていますし、見慣れない・不似合いなという観点のみならず、建築物が公共の場に出現するものであることを考えると『余程のことが無い限り基調色には使うべきではない』範囲の方が圧倒的に広い、と考えています。

文化や気候風土の違いを考慮しつつ、この地に新しくつくられていく景色にどのような秩序を与え、許容すべき変化を示すことが出来るか…。6日間に及ぶ調査の結果から、根拠を導き出し論理を構築する作業が続いています。

2012年9月2日日曜日

測色015-虎屋京都一条店

京都御所の側にある和菓子屋、虎屋一条店・虎屋菓寮一条店内藤廣建築設計事務所の作品です。一昨年、内藤氏の“建築と素材”という講演会の中で、外装のタイルについて詳しくお話を伺ったことがあったので、是非拝見してみたいと思っていました。

御所の周りは緑が多く、特に御門の周辺は閑静な住宅街で、様式こそ現代風の建物も多くありますがちょっと路地を入っていくと趣のある味噌屋さんがあったり、歴史あるまちであることを認識することが出来ます。
虎屋京都店は少なくとも1628年以前から、この地に店を構えていたそうです。

陰影が美しい模様をつくり出している外装は、50角モザイクタイルの特殊面状です。中央の部分がふっくらと盛り上がっていて、磁器質のタイルでありながらとても柔和な雰囲気を持っています。

御所の目の前、烏丸通りに面する京都一条店。
実は今回、いつもの測色シリーズのように色票を持って行って現地で測ったわけではなく、ある方にお願いして実際に使用したタイルをお借りし、事務所で光学式の測色計を使って測ってみました。
結果は7.5YR 8.4/0.6程度。遠目では白ですが、ほのかに黄赤みがあります。またそれは均質な色面ではなく、釉薬特有の自然で繊細な色むらがあり、何ともいえない味わいが感じられます。

(この測色計では光沢のあるものの色値をより正確に表記するため、正反射光を除去する方法と正反射光込みの方法を同時に計測することが出来ます。表面状態に大きな影響を受けやすいラスタータイルなどを計ると、2つの数値には少し開きがあります。

ちなみに上記の数値はSCE(正反射光除去・実際の見え方に近い)の数値で、SCI(正反射光込み・素材そのものの色)の方は 6.8YR 8.6/0.7 程度でした。塗装の色見本を測る時とあまり変わりません。

このタイルには光沢があり、素材そのものの色は見る角度や光の当たり方によって当然変化を受けますが、実際に人が見る見え方と大きな相違は無い、ということが言えると思います。
※あくまで対象に直接光を当て測色場合の結果であり、屋外では夕刻など色温度の変化も見え方に多少の影響を与えます。)

講演会の時に確か内藤氏が『サクラの花びらのような、淡くうっすらと色味が感じられる程度』 を目指して何度も試作を繰り返した、と仰っていました。

例えば明度8.5という明るさを印刷などの色見本で見ると、多くの方は『これはあまり白くない』と言います。色の面積効果によるもの(同じ色でも大きな面積で見ると明るく見える=小さいと暗く見える)と、色見本の周囲にある地の白との対比で、誤った判断(先入観)を持たれている方は、設計者にも多くいます。

少し前のことになりますが、ある若い建築家の方が『N9.5の白以外怖くて使えない』と仰っていたことが強く印象に残っています。明度8.4程度のタイルが夏の日差しを受け、白く輝くように見えることを考えると、明度9.5程度という数字がいかに不必要な白さを放つか…。自身はまた別の意味で、明度9.5の白を建築の外装基調色に使うことの怖さを知っています。

少し話は飛びますが、昨日、東京都国立近代美術館でスタジオ・ムンバイのビジョイ・ジェイン氏のお話を聞く機会がありました。後半、会場からの質問で『スタジオ・ムンバイの作風はヴァナキュラーだと思いますが…』という発言に対し、『我々はヴァナキュラーではない。でも、その精神は内包している。私達はそういう議論の時、ヴァナキュラーという言葉の定義から考えていかなければならない。』という一言がありました。

また、『素材が何か、というよりも、完成した時のセンセーションが大切であり、完成した建築物を見た時の感想やそれがつくり出す雰囲気こそを感じ取って欲しい』とも仰られていました。

測色シリーズは至極勝手に、多くの人が知っている建築・工作物等に使用されている素材や色彩の構造を読み解くことで、単純な白・黒という話ではない検討や選定の過程、そしてそれがどういう見え方をするのかということを自身が確認する作業です。

仕事柄、素材や色彩に注視していることは間違いありませんが、やはり建築家の仕事というものはビジョイ氏の言うように『完成した時、それがその場にあり続けるとき、どのような雰囲気をつくり、どのような影響をもたらすか』ということが考え抜かれているのだ、と思いました。

『今回はたまたま、タイルだった。』のかなあ、等ということを考えています。当たり前のことかもしれませんが、素材ありきではなく、思い描く雰囲気を表現するためにタイルが選択された、のかと…。そうやって考えていくと、先の『N9.5以外怖くて…』という建築家は、白ありき、で考えているということになるのでしょうか。もちろん、そこにも何がしかの方法論があるはずだと思っています。

菓寮の入り口にあるギャラリー。壁面は緩やかな傾斜を持っています。
傾斜を付けて悩ましかったがタイルの割付だそうです。縦長のタイルを組み合わせることで、割付ける壁面の幅の変化に対応されています。
建具の前には水盤があり、その水面のきらめきが軒に映し出されていました。
修学旅行以来、本当に久しぶりに京都を歩いてみて、歴史ある建物や建築の様式などに目を惹かれたことももちろんですが、例えば各所に設置された風鈴や日よけの暖簾など、ちょっとしたことが歩く人の目を誘い、その場に佇んでみたくなったり暖簾の奥を覗いてみたくなる…そんな印象を受けました。

風情、情感、趣…。カタチや言葉に表しにくいものの数々が、深く心に残っています。

宇治金時(小)に白玉を追加、の贅沢なメニューで一服してきました。

2012年8月29日水曜日

配慮が感じられる、ということ-京都市内の屋外広告物

8月、お盆の時期に急に中国山東省へ調査に行くことになり、どうやらまとまった夏休みが取れそうに無かったのですが、先週末土日と月曜一日だけ休みを取って、京都へ行ってきました。

…この暑い時期に、何と物好きなと思いつつ。実は過去二度、ホテルや新幹線の予約まで済ませながら、同じく急な中国出張でキャンセル、という事態があり、半ば意地もあって強行してきました。

色々な人に驚かれましたが、京都訪問は実は中学の修学旅行以来でした。
見たい場所やお店は本当に満載だったのですが、今回は庭園と屋外広告物に的を絞って、市内の各所を巡ってきました。

三日間晴天に恵まれ、夏の濃い緑がつくる木陰には涼やかな風が吹き渡っていました。嵐山電車のホームを始め、市内の各所には風鈴が飾られており、その音色にも随分と救われました。

素晴らしい景色もいずれご紹介するとして、まずは最も印象的だった屋外広告物の事例をいくつかご紹介したいと思います。

重森三玲庭園美術館へ向かう道すがら見かけた貸駐車場の看板。のぼり旗も敷地をはみ出ていません。
龍安寺の近くの住宅街。同じ会社の市外地にある物はブルー系でした。
表示の面積が既定されているため、地の部分が多くあります。派手な高彩度色でなくても視認性があります。
河原町(中心市街地)でも表示部分の面積既定によりCIカラーはグッと控えめです。
パッと見ただけで、『色を抑えている』とわかる事例がいくつもありました。
京都市では景観法の施行以後、建築物の高さやデザインの規制と合わせて、屋外広告物の制度についても大幅に見直しを行い、歴史あるまちにふさわしい良好な景観の形成が図られています。

内容を見てみると他の都市に比べ、屋上広告の設置禁止など、かなり厳しい基準となっていることがわかります。もちろん地域別に細かく規制の強度が使い分けられており、一律に、というわけではありません。既に設置の許可を得ている広告物に対しては平成26年8月末まで経過措置制度が設けられており、駅前などを見てみると屋上広告物については移行期間であることを伺い知ることが出来ます。

京都駅前。突き出し看板も殆ど無く、シンプルな切文字でとてもすっきりとした印象でした。
同じく京都駅前。基調色に合わせたニュートラル系の表記。
屋外広告物の他にも、嵐山等の観光地では趣きあるまちなみに馴染むよう、工夫がなされている事例が多くありました。

桂川・渡月橋付近のお土産物屋さん。自販機の彩度はもう少し抑えたい感じです。奥のゴミ箱ももう一息。
一観光客として、ゆっくり景色や食を楽しむはずが、いつもの調査のようにカメラを手放すことが出来ず何とも慌しい3日間でした。まずはよい事例を中心にご紹介しましたが、もちろんまだまだだなあ、と思う部分も沢山ありました。でも、数値規制に出来ることとその成果を実際に目の当たりにし、色彩を抑えることによって『見えてくる景色』があることを確認することができました。

環境の中で、それが歴史あるまちであろうと、様々な機能が集積して出来た“景観資源という視点に欠ける特徴の無いまち” であろうと、まだまだ出来ること・やるべきことがあるように感じます。

ほんの少しでも主張を控えることによって、周辺環境やそのまちが築いてきた時間と良好な関係性を築くことが出来るということを考えると、色彩の果たす役割にもまだ様々な期待が持てる、と自身を励ましたくなりました。

2012年8月17日金曜日

カラーシミュレーションの活用について

カラーシミュレーション。検証やプレゼンテーションに有効なツールの一つです。特にPCの普及・発展により、色や質感を豊富な選択肢の中から様々に変えてみるということがとても簡易になりました。

一方、そうした検証もPCソフト等を操作する側の意思が働くため、色彩選定の知識がなければ『どうすればいいのかわからない』状態を生みやすく、ハウスメーカーのサイト等では結局のところ好き・嫌い、という嗜好性に偏ってしまう場合も多いように感じています。

私自身はカラーシミュレーションは単なる検証、とは考えていません。
具体的に言うと『何色にするか』を選ぶためのツールではなく、『選定した色が周辺との関係においてどのように見えるか』を検証するためのツールである、と思っています。

例えばこんな具合です。

昨年訪れた野沢温泉村でみかけた風景。冬枯れの景色の中で、人工的な青が目立っていました。

カラーシミュレーションにより青いシートを穏やかなYR(ワイアール)製品に変えた場合。

その場の状況を整えたい、あるいは『こういう見え方が望ましい』という指針や目標があって始めて、色彩の善し悪しは決定付けられます。

個人の趣味やその日の気分でファッションやプロダクト製品を選ぶとのは異なり、何色にしようかなという検証を闇雲に建築物や工作物で行うことには抵抗がありますし、対象物によって色(や素材)を選ぶということの役割や目的には大きな違いがあると感じています。

また一方では、そうした自由に色を変えられる、という特性を積極的に生かす場合もあります。住民参加によるワークショップなどの場合にはまず好きな色を選んでもらい、それを建築物等に展開した場合、どのような見え方をするか(大抵の場合、そんなつもりではなかった、ということになりますが)を実際にみてもらい、まちの色がどの程度のものであるかということを体感してもらいます。

百聞は一見にしかず。
まさにこの言葉の通りですが、環境色彩デザインにおいては、その選定した色(いくつかの候補はもちろんあれど)が『まちなみ形成においてどれほど効果的であるか』という点を示すことが出来るか、ということに力を注いでいます。

(本項のカラーシミュレーションは山田敬太さんが作成しました。山田さんが執筆を担当したMATECOレポートはこちら。)

2012年7月17日火曜日

最良とは言えないが最適である、ということ


最近、自分なりに景観を定義づけしてみること、を考えています。

ウィキペディアによると(以下『 』内引用)、
『景観(けいかん)とは、日常生活において風景や景色の意味で用いられる言葉である。植物学者ドイツ語Landschaft(ラントシャフト)の学術用語としての訳語としてあてたもので、後に地理学において使用されるようになった。辻村太郎『景觀地理學講話』によれば、三好学が与えた名称である。字義的にも一般的な用法としても「景観」は英語landscapeランドスケープ)のことであるが、概念としてはドイツを中心としたヨーロッパLandschaftgeographie(景観地理学)の学派のものを汲んでいる。

田村明によると、都市の景(街並み)や村落の景(例えば屋敷森棚田漁港)など人工的な(人間の手が加わった)景を指すことが多いとしている。使用領域に関して見ると、「景観」の語は行政司法学術的な用語として使われることが多い日本では2004景観法が制定されたが、法律上「景観とは何か」は定義されていない。学術上は、前述の地理学や、ランドスケープデザイン学、都市工学土木工学社会工学造園学建築学等で扱われることが多い。また、コーンウォールと西デヴォンの鉱山景のように、世界遺産レベルで取りこまれる場合もある。』

とあります。私が普段対象としているまち並み景観を考える時、景観とは

『時間の蓄積によってつくられていく目に見えない(見えにくい)価値』であり、
『一度損なわれた時間の蓄積は簡単に取り戻すことが出来ないもの』である。

と考えるようになりました。

日常の様々な業務においては、頻繁に『景観に配慮する・すべき』という文言に触れています。この配慮については以前も書いていますが、最近はそれに加え『配慮しているという関係者の姿勢が見える・感じられること』が重要なのではないか、と感じることが多くあります。

例えばこの鎌倉駅前のコンビニエンスストアの例。自身もこうした協議に係わる立場から、『このようになった』ことの背景には、様々な検討・調整があったと推測することが出来ます。最良のデザインや方法は恐らく五万とあるけれど、様々な状況の中で双方(事業者・オーナーと行政)が歩み寄りつつ、現時点で最適な案に落ち着いたのだ、と思うのです。

鎌倉駅前のコンビニエンスストア。CIカラーの1色は明度・彩度が抑えられています。

若宮大路沿いの時間貸し駐車場。利用する人が意思を持って見るのあれば、この程度で充分、な表記。
この駐車場を見かけ、私がおもむろに写真を取っている様子をその場に居た建築家の友人が見ていましたが、すぐに『ああ、色が随分違うね』と気付いてくれました。ちょっと恐る恐る、こうした配慮をどう思うか、訪ねてみたところ『やはりこうした例を見るとまち並みに気を遣っていると感じる』ということで、なぜかホッとしてしまいました。

でもそれを舞台などに例える時、景観に配慮したという事実がスタンディング・オべーションを浴びるような必要はない、とも感じています。まち並みに混入される新しい要素が、少し既存のまちに対して敬意を払うこと。さりげなく多少控え目で、でも見る人が気づけば深く記憶に残る…。

まちに必要な様々な機能が、時間を重ねるごとにまちに根付くための、配慮という行為について、考えています。

先週、景観に関するとあるシンポジウムに行って来ました。その中で大変興味深かったのは、法律家の方の景観に対する考え方でした。冒頭の景観に対する自分なりの定義、はここから派生しています。
(ツイッターでつぶやいた内容ですが、防備として再掲しておきます。)

平成16年の景観法施行以来、色彩の基準・規制ついて良いことだ、という方には出会ったことがありませんでしたが、憲法学の木村草太氏は違いました。明確に『まだまだ数値に対応出来ることを信じて欲しい、高さやマンセルは』と。

数値規制に反対、の意見は逆に数多く耳にしてきました。私自身は色彩基準の殆どが目の粗いザルでしかなく、著しく景観を阻害する要因となる色を排除するためのものであるということをわかっていますが、規制=表現の自由を縛られる印象は、中々ぬぐえないものなのかとも感じています。

そこで始めたのがblogでありMATECOであり。今回立ち位置が1ミリも揺らぐことのなさそうな法律家の話を聞いて、景観法が(諸々の不具合はあるにせよ)誰のため・未来の何に対しての担保を約束するものなのか、共通認識としての規制は相応の・重要な役割を担っていると思いました。

一方、民意により市民の同意を要件にすればより厳しい規制も可能ですが、もう一方では財産権の侵害にあたるのでは?という問題。これは法の専門の世界でも 例題として挙げられるほど解釈・判断が難しく、一律に白黒がつけられるものではない、という説明も至極納得の行くものでした。

今後に向けては『景観という時間がつくる価値』は『一度損なうと二度と取り返せない』という二点を誰もが認識すべき、という至極明解な視点が示され、その 地域ごとのかけがえのない・置き換えの出来ないモノ・コトを設計者やデザイナーは全力で提示し続けなければならないのだ、と思いました。

海の日。夏の海風を久しぶりに浴びて来ました。

自己紹介

自分の写真
色彩計画家/環境色彩デザイン/いろでまちをつなぐ/MATECO代表/色彩の現象性/まちあるき/ART/武蔵野美術大学・静岡文化芸術大学非常勤講師/港区・山梨県・八王子市景観アドバイザー/10YRCLUB/箱好き/土のコレクション/舟越桂