2015年9月3日木曜日

建築・土木設計を学ぶ学生のための色彩学⑮-緑色は自然に馴染むのか?問題について

今回は橋梁がテーマです。
先日、行政の方と現場に向かう途中、とある橋が見えてきたところで「これ緑系ですけど随分違和感ありますねえ」と言われ、そこからなぜこの色(・配色)が違和を感じるのか、という話になりました。
その橋はアーチ橋で、アーチ部が明るいY(黄)系、手摺と照明柱がやや鮮やかなG(緑)系でした。背景が山の緑という状況だったため、一見緑色だから背景に馴染むはずなのでは、と思われたそうです。

緑は黄と青の間にあります。ですから緑の中でも中心(ド緑・マンセル表色系の標記だと5G)的な緑と、中心から黄味に寄った緑・青味に寄った緑があります。JIS標準色票ではひとつの色相が4段階に分割されていて、G系は2.5G5G7.5G10G4色相。2.5Gの手前が10GY(黄緑系)、10Gの次が2.5BG(青緑系)となっています。
4段階だと5Gがド中心ではないのでは?と思われた方。定規のメモリを想像して頂くとわかりやすいと思います。10G0BGなので、実質的には緑の幅は0.1G9.9Gであり、中心を5としているということになります。

G系の4色相を比較してみても、単体ではあまり変化は感じられないかもしれませんが、実際の環境では周辺や背景にあるものとの「対比」により色の見え方・感じ方が決定します。
雄大な、あるいは開放的な自然景観の中に存在する人工物(ここでは橋梁)に緑系の色を選定する場合、「どの色相」がふさわしいかは周辺との関係性によってある程度、明確に方向性を決定することができる、と考えています。

その根拠を示すための模式図をつくってみました(あくまで、色の見え方を比較するための簡易な図ですので、スケールの相違等についてはご了承下さい)。
図中、右上にある色調が冒頭で紹介した橋の色合いに近いものです。黄味にも青味にも寄っていない緑(5G系)です。
これまでの経験からアーチ橋には低明度色を使用している例が少ないことから、ここでは高明度~中明度で検証をしています。彩度は比較をわかりやすくするため、低彩度と高彩度を用いています。

5G系・7.5GY・5GY系の色相と、明度彩度別の見え方を比較した模式図

 中明度・高彩度の場合(右列)、最上段の5G系が背景よりも対比的に見えることがわかると思います。中段、下段と徐々に黄味近づけていくと、同じ高彩度でも背景の山並みに色相が近い方が馴染んだ印象となっていることも認識することができます(小さな図ですので、差異がわかりやすいように、黄味を感じるGY系を用いました)。

色相(色あい)は彩度が下がるほど遠景では差異が認識しにくくなります。中列の三段は、明度6.0./彩度1.5の色相違いですが、この差異を遠景の見え方のみで分析・評価するのは困難です。

ところが、左列のように高明度・低彩度になると、中明度色よりも背景との対比が明確になるため、3段の色相の違いが感じられるようになると思います。とはいえ、これもやはり微妙な差違なので、実際の選定においては遠景・中景・近景それぞれでの比較・検証が必要です。

自然の緑は落葉樹の場合、一年を通して大きく変化しますが、一般的な日本の野山の落葉樹の場合、緑色の葉が紅葉時に青味にずれて行くことはありません。気温が下がり光合成をする力が弱まると葉緑体が分解されます。結果、クロロフィル(緑色の色素)が減少しカロテノイド(黄色の色素)だけが残ったり(イチョウの例)、クロロフィルがアントシアン(赤色の色素)に変化したり(カエデの例)して行く、という仕組みから、黄味よりの緑を選択した方が通年、背景との色相差が穏やかであると定義づけることができるのではないでしょうか。

今回はあくまで「山背景の場合、どちら寄りの緑の方が、違和感は少ないか?」ということの検証例となります。もちろん、赤系の橋梁が新緑に映える、というランドマーク的な配色がなされた事例もありますし、アーチ橋でも様々な色相が見られます。

近年、橋梁の改修に関するアドバイスを求められることが多くなってきました。関わっている事例の限りでは塗装(改修)のみという事例は無く、耐震補強の一環として手摺の変更や本体の補強に併せ、塗装をし直すというケースばかりです。

そうした場合の多くはまず「現況の色に塗り替える」という案があり、次に景観配慮色のダークブラウンかグレーベージュ、といったあたりが候補となるようです。
ここで課題となることの一つ目は、時間が経過しているため前回塗装色の記録がない場合が多い、ということ。現況の色を測るということも一策ですが、何十年も経過し退色しているということを前提にすると元の色の根拠があいまいになりがちで、「施工当時に近い色」が何となく選定される傾向が少なくありません(もちろん、選定した色でしっかりとしたフォトモンタージュ等を作成し、比較・検証を行っている事例もあります)。

課題の二つ目は、「現況の色以外」の選択肢がダークブラウンかグレーベージュという2択になりやすいこと。決して間違いではありませんが、橋梁の構造や規模によっては重く暗い印象が増長されたり、周辺の工作物と不調和な印象を与えたりしてしまう場合も少なくありません。

また過去に関わった例を挙げると、橋梁のすぐ脇に水道管橋があり、この橋の色が寒色系でした。水道管橋を塗り替える予定が当分ないとのことで、様々な視点場からの見え方を検証し、ここでは隣接する橋梁も寒色系でまとめた方が違和感は少なく、周辺の環境とも調和が形成できる、という判断をしました。

こうした色選定のためのあれこれ。実際に現地で対象を見ながら、そして現況の色の測色を行って他の候補色だとどう見えるか、という確認をしながらアドバイスを行うと、多くの方(行政の担当や工事担当)から「色を選定する根拠ってこんなに明確なんですね」と言われます。

正直なところ「私が決めた方が早いしもっと細かい調整が出来るのに…ぐぬぬ。」と思うこともあり、ここは本当にジレンマでアドバイスだけではうまく行かないことも多々あるのですが。公共施設・設備の改修においては、自身が全てに関わることは不可能、という前提のもと、選定の手法や方法論を広めて行くことの必要性を強く感じています。

ちなみに、様々なガイドラインやマニュアルといった資料はweb上でも閲覧できる良い例があります。計画の際、まず全体のフロー(流れ)を把握し手順に則って…等、そんなの当たり前じゃん、と思われるかも知れませんが。こと色彩計画においては、この基本が浸透していないなと思うことが多く、常にまず全体(計画の目的や意義・効果)を俯瞰し、都度部分で適切な決定を下していくことが重要、ということの備忘の為にも記載しておきたいと思います。

補強や補修をしながら、長寿命化を図る必要のあるインフラ設備。塗装の出番が多いこうした公共設備の色彩にもう少しだけ丁寧に検証の時間を割くことで(現地にいって・担当者数名が話し合うだけでも随分効果があるように思います)より良い地域の資産になって欲しいと思いますし、そのために役立つ資料は適宜公開して行きたいと考えています。

●公共施設における色彩検討の手引き(国土交通省中部地方整備局アドバイザー会議)
9頁の「検討の流れ」はまず手に取って頂きたい内容です。


●公共施設における色彩景観(宇都宮市色彩景観ガイドライン・第4章)
これもまず初めの頁(44)の色彩検討の流れ、が参考になると思います。色を選定するために「条件立て」をすることが重要だと考えます。


自己紹介

自分の写真
色彩計画家/環境色彩デザイン/いろでまちをつなぐ/MATECO代表/色彩の現象性/まちあるき/ART/武蔵野美術大学・静岡文化芸術大学非常勤講師/港区・山梨県・八王子市景観アドバイザー/10YRCLUB/箱好き/土のコレクション/舟越桂