2016年6月19日日曜日

建築・土木設計を学ぶ学生のための色彩学⑰-俯瞰して、関係性を構築するということ

昨年度から大学の非常勤が前期に集中し、水・木曜はほぼ終日、本業(実務)で使う脳とは異なる部分・体力・気力…を駆使しています。この数年、学生と話をしていて薄々感じていたことですが、今年ははっきりと「ああ、これがデジタルネイティブ世代ということか」と感じる場面が多く、色彩の体感の伝え方や色彩がある・使う意味について、こちらも一層考えさせられる日々が続きます。

先日、静岡文化芸術大学の講義のために、改めて近代建築の五原則(※正確には新しい建築の5つの要点、という説もあるようです)を確認していたところ。「『…構造体を大地から切り離し、柱が構造的に建築を支えることで』『自由な平面』と『自由な立面』を獲得した」という一文を目にしました。

なるほど、そう考えると、それまでの地域の素材(=石、土、木)でつくられてきた建築物の仕様・仕上げから鉄やコンクリートに変わっていく際、「大地の色(素材)」からの脱却が必然であったことにも、改めて至極納得がいきます。建築家のアースカラー嫌い、は想像以上に根深い…のかも知れません。

大地から切り離されることで、自由を得た建築。その自由の先に待ち受けていたのは、多くの人の予想を超えていたであろう、近代化や都市化の波と大きな環境の変化、なのではないでしょうか。

近代建築の発展に大きな影響を与えた五原則の発表から、約90年が過ぎようとしています。建築や土木・都市の色彩は、未だ成熟期を迎えてはいないと感じますし、繰り返される自然災害やその他の都市問題(公害、騒色、光害、屋外広告物の氾濫、交通、基盤整備、高齢化…)等との対峙や調整を繰り返しながら、変化し続けている(いく)ものなのかもしれない、と感じることも多くあります。
(※それが問題だ、と言いたいわけではなく、あくまでかれこれ25年、環境色彩と向き合ってきたものの実感として。)

近年、造園関係の団体からお声かけを頂く機会が増え、植物と都市・まちの関係について、レクチャーをさせて頂くことが多くなってきました。環境色彩はどこへ出向いても(未だに)「アウェー」感を拭うことはできず、どういった立ち位置で話をすれば「響く」のか、中々その距離感を掴めずにいます。

ただ、繰り返し都市やまちの色について経験を元に話をするうち、「これだけは多くの人に支持を得られるのではないか」という方法論も見えるようにもなってきました。
2014811日のblogに「自然界の色彩構造10の原理(仮)」を書きましたが、以降、各項目についてブラッシュアップを重ねています。五原則、くらいにシンプルにまとめたいという気持ちから、最近はその中の⑤と⑥をまとめ「自然界の鮮やかな色は命あるものが持ち、地表近くにあり面積が小さい」ということを、少し言い方(順序)を変えたりしながら、写真と共に収集・発信に努めています。

都庁第二庁舎、21階より。右のパーゴラがなぜここまで鮮やかなのか、が気になりました。
「鮮やかな色は地表近くにあり、命あるものが持つ」という観点でいけば、
都市のパブリックアートは自然の彩りに該当するのかもしれません。
自身は実務においては、色彩の調和論に基づく配色の手法を駆使しながら、「周辺環境と関係性において」「個がどう見えることがその場において最もふさわしいか」というアプローチを繰り返しています。
理想としては、99%までは理詰めでいきたい。それはひとえに「なぜこの色か・この配色か」ということに出来る限り正確に応えるため、に他なりません。クライアントからフィーを頂いて仕事をしている以上、あるいは多くの市民の資産ともなり得る公共施設等についても、「なぜ」という問いに対しては「なるほど」と納得してもらうことが不可欠である、と思っています。

(つい最近、とあるランドスケープデザイナーの方がセミナーで「(自身のデザインに対し)…理解してくれなくてもいいから納得して欲しい」と思うことがある、と仰られていて、その点にはとても共感を覚えました。100人が100人、良いと思う色や配色は考えにくいけれど、なぜこういう色か・配色か、という解説については100%の理解でなくとも、(とにかく)納得して欲しい、という気持ちがあります。)

一方、その「なるほど」は恐らく共通の体験・経験がなければ、成り立たない感覚でしょう。地域や年代が異なっていても「自然」から享受できる視覚的な効果や受ける印象は、(あくまでその他の要素に比べると)普遍的な共通の認識としてある種の価値を持ち得るものなのではないか、というのが自身にとってのわずかな希望です。

個々の良し悪しは大切ですが、建築や構造・工作物等は周囲との関係が良好でなければ、街並みの形成に貢献することは難しいのではないか、という疑問が長く心の中心にあります。「新しいもの、奇抜なもの、大きいものへの前衛的な挑戦を欠いては、文化は生まれない」とある建築家が言っていました。対比も調和の一種ですから、それを否定するつもりはありませんが、一方では人々の振る舞いの総体としての文化を考える時、自身は「調整という名の応戦」の中から、穏やかな解を導き出していきたい、と考えています。

新しいもの、奇抜なもの、大きいものが映えるのは、今ある環境の中でその関係性が成り立つ「地」があってこそ、だと思うのです。

2016年5月16日月曜日

体感をともなう景観づくり-甲州市の駅から景観改善事業

景観は色をどうこうという問題ではない、とよく言われます。
ぶっちゃけ、その発言をなさるのはたいてい大学の先生です。行政に対しても、市民に対しても「景観に配慮するってなんでもかんでも茶色にすることじゃないんですよ」と、(一応)色彩の専門家を目の前にして、堂々と(かなり強く)宣言されることが多々あります。

それが間違いだとは全く思いません。自身も度々「いや、そこは色の問題ではなくてですね…」とか、「この場合は茶色でない方が…」等のアドバイスをすることも多く、実際、現地で周辺環境を含めて対象物のあり方を議論すると、専門家でなくとも「これは茶色よりも寒色系の低彩度色の方がいいですね」とか「白過ぎず黒過ぎず、中明度色が合っていますね」とか、大体意見がまとまってきます。

「意見がまとまる」というと、今度は「多数決で決めたものは中途半端になる」「市民は意見を言えても決定することはできない」という意見が出てきます。これもまた、そのようなご経験に基づく事項なのでしょう、やはり一概に間違いだとは言えません。

色彩のアドバイス等を行う場合は「さあ、何色が良いですか?」というフリーな状態から始めているわけではなく、「周辺の環境という条件」を整理して、道筋を照らすことはこちらで考えています。ある程度固めた方向性(=ストライクゾーン)の先は、幾人かの意見を織り交ぜながら決めるという方法は、完成後の納得感の度合いを考慮すれば決して中途半端、と切り捨ててしまえるものではないと考えています。

…と、そのような議論の前提を明確にした上で。
先日、小学校の改修の件で甲州市に行ってきました。その帰り、あまりにも天気が良いので勝沼ぶどう郷駅に寄り、ブドウの葉が茂り始めた様子を眺めて来ました。この景色を一昨年から見慣れた私が、思わず声に出しておおっ、と言ってしまうくらい、劇的な変化を遂げていました。

2016年5月13日、快晴
甲州市では「駅から景観改善事業」という取り組みを20153月から20163月にかけて実施しました。市民ボランティアを募り、遠景から過度に目立っていたガードレールの外側部分の塗装を行ったり、鮮やかなブルーの防風・防鳥ネットを穏やかなブラウン色へ変更したりという修景が行政と市民、そして民間企業の協力により徐々に進められて行きました。

2015年3月。2度目のペンキ塗りの開始前。
私は甲州市の景観アドバイザーという立場で、色の選定に助言をしたり、ペンキ塗りに参加したりしつつ「なぜこの色を塗るのか・この色にかえることでどういう効果が生まれるのか」等の解説を担当した程度ですが、何より、市職員の方々の盛り上がりや参加される方々の熱意に何度も驚かされました。

塗装前。
塗装後(10YR 4/1)。外側のみを塗装しています。
景観に配慮してもお金は儲からない、地域の活性化にはならない、ともよく言われますが(散々ですね)、2年がかりの成果を目にすると本当に気持ちの良い、地域の「らしさ」(ブドウ畑が拡がる丘)を感じる景色になったな~と感じます。飽きずにこの景色を眺めることができますし、また違う季節に訪れたいなという気持ちになります。

今年の3月、二回目のペンキ塗りを終えた時点では、まだ点々とブルーのネットが見られました。ブラウン色への変更は強制ではなく個人の自由ですから、それももちろんありで、緑が茂ってくればあまり気にならなく(目立たなく)なるかな、くらいに思っていました。

それが先週、再訪してみたら、ほとんどブルーのネットは見当たりません。市の職員の方の話によると、周囲がブラウン色のネットへ変更し、景色が変わった様子を見た農家の方々が「なるほど、こんなに目立っていたのか」と気が付き(気になりだし)、進んで変更して下さったとのことでした。

専門家に言われたから、ではなく、効果を体感して自ら選定して下さったことが嬉しくてなりません。環境色彩の専門家の役割としては、選定の考え方や方向性を示すことが活動の後押し(決して好き勝手にやっているわけではない)になった、それだけで十分だと思います。

景観という領域に係ると、無計画・無秩序なものへの愛着や郷愁とともに、他者(その地を訪れる人)や近隣の人々に対し配慮されたモノ・コトへ対する敬意が自ずと湧いてきます。整える、というのは本当に大変なことです。理屈では理解できても、いざ行動に移すことは例え生業の傍らであっても、大きな労力であり、多少であっても何かしらのコストもかかります。

訪れる側としては、そういう地域を応援したくなりますし、そこで時間を過ごしたくなる、というのがごく素直な感想です。アドバイザーがきっかけで山梨にとても親しみを感じていますが、最近ではプライベートで訪問する(精神的な)余裕も出てきました。

景観は民意ではどうしようもないことも含め、あらゆる事象の結果です。さまざまな事象に触れるうち、私はやはり「色彩にもできること」がまだまだあって、景色の印象を大きく変えてしまう効果を持っているのだ、ということを信じています。

冒頭の苦言に話を戻すと、ガードレール自体の構造やデザインを何とかすべき、という意見もあることでしょう。ただ、機能的に問題がないものを「景観の観点から」高価なガードパイプ等に変更することが困難なことは、地方行政の財源を考慮すればそれが優先される項目でないことは明らかです。

(良くも悪くも)塗装は手軽です。事業者ではない一般の市民が公共工事に参画することはできませんが、今ある設備の塗装「程度」であれば、多くの方の参加が可能です。甲州市の取組みではガードレールやネットの「色を変えただけ」の効果の大きさを実感しました。

この結果=今、眼前に拡がる緑豊かな風景は、行政・市民・事業者の協働により整えられたものです。その成果を、ぜひ多くの方に体感して頂きたいと思っています。

2015年11月27日金曜日

建築・土木設計を学ぶ学生のための色彩学⑯-公共設備の色について

今年も残すところ一か月あまりとなりました。焦りますね。後半はちょっとペースダウンしてしまいましたが、引き続きこのシリーズについては広く・深く…と、強化していきたいと考えています。

今回は学生に向けて、というよりも行政の担当者向けかも知れません。
(でももちろん、学生にも是非読んで欲しい内容です。)

さて。日々、色彩に関する様々な問い合わせ・相談があります。
たいていは部分的なもので「…ここの手摺の色は何色が良いでしょう?」とか「…ここにフェンスを新設するのですが何色が良いでしょう?」などが最も多く、都度周辺の計画図面や写真などを頼りに(時間があって近場の場合は現場に行くことも)、諸々の他の要素と「調和の取れる」色(・素材)を推奨しています。

調和の取れる、というと「=同調させる」ことと思われるかも知れませんが、そのような場合以外にも素材色の4色からしか選定することができない場合などは、むしろ少し対比的な色を選んで「調和を図る=緩急のバランスを整える」場合もあります。

最近では「公共設備のガイドラインをつくる予定なのですが、例えば歩道橋の色はどう考えれば良いでしょうか?」という相談がありました。

10B 7.0/6.0程度の色がよく見かける青系です
国が管理する歩道橋は、写真のような青系が基本となっています。さらに歩道橋、で画像検索をかけると青系以外にも実に様々な色が見られることがわかります。
「歩道橋」で画像検索した結果 ©Google
多くの人にとってはすっかり見慣れた・まちの景色の一部にもなっていると思いますが、特に都心部の場合、周辺のまちなみが10年ほどの間に大きく様変わりしていることや、街路の並木が四季折々変化することなどを考慮すると、もう少し「周辺のまちなみに合う」色(色相)もあるように感じます。

公共設備の色に関しては、資料等がデジタル化される以前の決定事由が不明になっている例が多く、管理の担当部署・担当者が「なぜこの色なのか?」という問いに対し明確な根拠や理由を示すことができない場合も多くあります。

慣例的に継承されているので、変更するとなるとそれを変えるに相応な根拠・理由が必要となるでしょう。例えば「色を変えてもし何か問題が起こったら」という責任問題になる可能性を指摘されると、その点も考慮しておかなければならないという公共設備特有の側面が考えられます。(※色を容易に変えられない、こちらが思いも寄らないような理由が世の中には存在するのです。)

話を戻して。歩道橋の色に関する指針は、概ね以下のように整理できるのではないかと考えています。先の相談にもそのように回答しました。

●国内で既に展開されている公共設備の指針・ガイドラインなどを参考にする。

静岡県の公共事業における景観配慮の指針(P38・歩道橋)
宇都宮市・道路付属物等の色彩計画
板橋区ガイドライン
●上記指針やガイドラインなどに基づく先行事例を収集、確認と検証を行う。

高崎市の施工事例

横須賀市の施工事例

●理想はその都度、周辺環境などの調査を行い個別に色彩検討・選定することだが、担当者が数年ごとに変わる行政間ではそのシステムの持続性に無理がある。そのため、基本色(推奨色)は選定しておき、適正な検証・検討に基づく担当者の判断、あるいは地元要望(長く親しまれてきた地域のシンボルとなっている色など)などに基づく判断の余地を残すようにしておく。

ということを基本に、検証・検討を行うことができるのではないでしょうか。

そもそも歩道橋はなるべく撤去した方がいい・設計(デザイン)がよくない…等々の課題があることも重々理解しています。ただ現況では、横断歩道の新設が大変難しいことや撤去についても地域住民の合意など、一筋縄ではいかないという事情もあります。

公共設備は定期的に点検を行い、補修・補強工事に合わせ塗装をやり直す機会が必ず巡ってきます。そのタイミングは例えば23区内にある200を超える歩道橋(※)毎に異なるでしょうから、事前に「まちなみの変化や成熟度に合わせ、より歩行空間としてふさわしい」歩道橋(公共設備)の色の方針を決めておく、ということが求められるようになったのだと思います。

公共設備にはそもそもの目的・機能があり、その目的・機能とはそぐわない色や図柄が展開されてきた時期がありました。担当者が思う存分「創意工夫」をしてきた結果、目的・機能にそぐわないモノがまちなみや地域の遺産として様々な評価や批評の的となってきた歴史もあります。

毎回のことになりますが、様々な公共設備の色を「私が」決めよう・決めたいとは思いません。もちろん、総合的な計画や開発の一員として参画し、計画から実施・竣工までトータルに関わることができる場合は、個別の検討を行います。ただ一方では、日々「環境の地」であるべきものの色が「慣例的にこれまでの色」で塗装されているという現状があり、このような状況に対しての最適解を出す・出せることもとても重要な仕事の一部だと考えています。

…とはいえ。社内でこのような話をしていたら「そもそも歩道橋の色に対し、一般の人は青がさわやかとか好きとか、そのくらいの話で周辺のまちなみとの関係とかでは見てないんじゃないですかね?」という意見も。…ですよねえ。

まあこれも毎回のことながら、課題は「歩道橋が」とか「防護柵が」とか個別の色やあれこれについてではなく、快適な歩行空間・屋外環境の一部として歩道橋(など)の色をどう解くか、という視点が最も重要なのではないでしょうか。

※資料:東京都統計年鑑・建設局道路管理部保全課

 地域, 道路の種類別歩道橋数, 橋長及び橋面積(平成21~25年)による

2015年9月3日木曜日

建築・土木設計を学ぶ学生のための色彩学⑮-緑色は自然に馴染むのか?問題について

今回は橋梁がテーマです。
先日、行政の方と現場に向かう途中、とある橋が見えてきたところで「これ緑系ですけど随分違和感ありますねえ」と言われ、そこからなぜこの色(・配色)が違和を感じるのか、という話になりました。
その橋はアーチ橋で、アーチ部が明るいY(黄)系、手摺と照明柱がやや鮮やかなG(緑)系でした。背景が山の緑という状況だったため、一見緑色だから背景に馴染むはずなのでは、と思われたそうです。

緑は黄と青の間にあります。ですから緑の中でも中心(ド緑・マンセル表色系の標記だと5G)的な緑と、中心から黄味に寄った緑・青味に寄った緑があります。JIS標準色票ではひとつの色相が4段階に分割されていて、G系は2.5G5G7.5G10G4色相。2.5Gの手前が10GY(黄緑系)、10Gの次が2.5BG(青緑系)となっています。
4段階だと5Gがド中心ではないのでは?と思われた方。定規のメモリを想像して頂くとわかりやすいと思います。10G0BGなので、実質的には緑の幅は0.1G9.9Gであり、中心を5としているということになります。

G系の4色相を比較してみても、単体ではあまり変化は感じられないかもしれませんが、実際の環境では周辺や背景にあるものとの「対比」により色の見え方・感じ方が決定します。
雄大な、あるいは開放的な自然景観の中に存在する人工物(ここでは橋梁)に緑系の色を選定する場合、「どの色相」がふさわしいかは周辺との関係性によってある程度、明確に方向性を決定することができる、と考えています。

その根拠を示すための模式図をつくってみました(あくまで、色の見え方を比較するための簡易な図ですので、スケールの相違等についてはご了承下さい)。
図中、右上にある色調が冒頭で紹介した橋の色合いに近いものです。黄味にも青味にも寄っていない緑(5G系)です。
これまでの経験からアーチ橋には低明度色を使用している例が少ないことから、ここでは高明度~中明度で検証をしています。彩度は比較をわかりやすくするため、低彩度と高彩度を用いています。

5G系・7.5GY・5GY系の色相と、明度彩度別の見え方を比較した模式図

 中明度・高彩度の場合(右列)、最上段の5G系が背景よりも対比的に見えることがわかると思います。中段、下段と徐々に黄味近づけていくと、同じ高彩度でも背景の山並みに色相が近い方が馴染んだ印象となっていることも認識することができます(小さな図ですので、差異がわかりやすいように、黄味を感じるGY系を用いました)。

色相(色あい)は彩度が下がるほど遠景では差異が認識しにくくなります。中列の三段は、明度6.0./彩度1.5の色相違いですが、この差異を遠景の見え方のみで分析・評価するのは困難です。

ところが、左列のように高明度・低彩度になると、中明度色よりも背景との対比が明確になるため、3段の色相の違いが感じられるようになると思います。とはいえ、これもやはり微妙な差違なので、実際の選定においては遠景・中景・近景それぞれでの比較・検証が必要です。

自然の緑は落葉樹の場合、一年を通して大きく変化しますが、一般的な日本の野山の落葉樹の場合、緑色の葉が紅葉時に青味にずれて行くことはありません。気温が下がり光合成をする力が弱まると葉緑体が分解されます。結果、クロロフィル(緑色の色素)が減少しカロテノイド(黄色の色素)だけが残ったり(イチョウの例)、クロロフィルがアントシアン(赤色の色素)に変化したり(カエデの例)して行く、という仕組みから、黄味よりの緑を選択した方が通年、背景との色相差が穏やかであると定義づけることができるのではないでしょうか。

今回はあくまで「山背景の場合、どちら寄りの緑の方が、違和感は少ないか?」ということの検証例となります。もちろん、赤系の橋梁が新緑に映える、というランドマーク的な配色がなされた事例もありますし、アーチ橋でも様々な色相が見られます。

近年、橋梁の改修に関するアドバイスを求められることが多くなってきました。関わっている事例の限りでは塗装(改修)のみという事例は無く、耐震補強の一環として手摺の変更や本体の補強に併せ、塗装をし直すというケースばかりです。

そうした場合の多くはまず「現況の色に塗り替える」という案があり、次に景観配慮色のダークブラウンかグレーベージュ、といったあたりが候補となるようです。
ここで課題となることの一つ目は、時間が経過しているため前回塗装色の記録がない場合が多い、ということ。現況の色を測るということも一策ですが、何十年も経過し退色しているということを前提にすると元の色の根拠があいまいになりがちで、「施工当時に近い色」が何となく選定される傾向が少なくありません(もちろん、選定した色でしっかりとしたフォトモンタージュ等を作成し、比較・検証を行っている事例もあります)。

課題の二つ目は、「現況の色以外」の選択肢がダークブラウンかグレーベージュという2択になりやすいこと。決して間違いではありませんが、橋梁の構造や規模によっては重く暗い印象が増長されたり、周辺の工作物と不調和な印象を与えたりしてしまう場合も少なくありません。

また過去に関わった例を挙げると、橋梁のすぐ脇に水道管橋があり、この橋の色が寒色系でした。水道管橋を塗り替える予定が当分ないとのことで、様々な視点場からの見え方を検証し、ここでは隣接する橋梁も寒色系でまとめた方が違和感は少なく、周辺の環境とも調和が形成できる、という判断をしました。

こうした色選定のためのあれこれ。実際に現地で対象を見ながら、そして現況の色の測色を行って他の候補色だとどう見えるか、という確認をしながらアドバイスを行うと、多くの方(行政の担当や工事担当)から「色を選定する根拠ってこんなに明確なんですね」と言われます。

正直なところ「私が決めた方が早いしもっと細かい調整が出来るのに…ぐぬぬ。」と思うこともあり、ここは本当にジレンマでアドバイスだけではうまく行かないことも多々あるのですが。公共施設・設備の改修においては、自身が全てに関わることは不可能、という前提のもと、選定の手法や方法論を広めて行くことの必要性を強く感じています。

ちなみに、様々なガイドラインやマニュアルといった資料はweb上でも閲覧できる良い例があります。計画の際、まず全体のフロー(流れ)を把握し手順に則って…等、そんなの当たり前じゃん、と思われるかも知れませんが。こと色彩計画においては、この基本が浸透していないなと思うことが多く、常にまず全体(計画の目的や意義・効果)を俯瞰し、都度部分で適切な決定を下していくことが重要、ということの備忘の為にも記載しておきたいと思います。

補強や補修をしながら、長寿命化を図る必要のあるインフラ設備。塗装の出番が多いこうした公共設備の色彩にもう少しだけ丁寧に検証の時間を割くことで(現地にいって・担当者数名が話し合うだけでも随分効果があるように思います)より良い地域の資産になって欲しいと思いますし、そのために役立つ資料は適宜公開して行きたいと考えています。

●公共施設における色彩検討の手引き(国土交通省中部地方整備局アドバイザー会議)
9頁の「検討の流れ」はまず手に取って頂きたい内容です。


●公共施設における色彩景観(宇都宮市色彩景観ガイドライン・第4章)
これもまず初めの頁(44)の色彩検討の流れ、が参考になると思います。色を選定するために「条件立て」をすることが重要だと考えます。


2015年8月14日金曜日

今まであったものがなくなる、ということ-京都市の屋外広告物の規制から

9月に山梨県で開催される平成27年度山梨県屋外広告物講習会の講師を務める関係もあり、大阪出張から足を延ばして京都の屋外広告物を見て来ました。

京都出身の建築家の方が「無個性なグレーのビルがただ並ぶだけでは…」と、屋外広告物撤去後の景観に絶句していらした四条通りを初め、白地に墨文字の提灯が連続する先斗町等、明らかに規制の成果が表われていると感じられました。

四条通り。正面が八坂神社方面。
四条通りの建物群を見上げながら歩いてみると、看板を撤去した「跡」を確認することができます。ここにも袖看板があったのか、ここにも屋上広告が、と確認しながら見て行くと、かなりの量の広告物が撤去されたことがわかります。

突き出し・袖看板等を撤去した後の補修跡。
古い建物が並ぶ一画は、スカイラインがバラバラで、屋上の設備などが目立ってしまっています。
屋外広告物がなくなってみると、都市部の建物群の外装色がごく低彩度の色調にまとまっていることが良くわかります。こんなに揃っていたのか、という印象すら感じられました。建築物を「はだか」にしてみると、その差はせいぜい肌の色の濃淡程度、ということになるのかも知れません。それはもちろん黄色人種だけでではなく、白人も黒人も混ざり合いつつ、「様々なはだの色」という一つの秩序のように見受けられました。

京都市が発行している「京のサイン」の市長の挨拶の部分にあるように、四条通りは祇園祭の山鉾が巡行する通りです。祭りの背景となる街並みがすっきりとしたことにより、確かに鉾の美しさ・あでやかさが一層映えることと思います。

京都市ではまた、「歩くまち・京都」という総合交通戦略が推進、促進されています。四条通りでは歩道の拡幅工事が進行中で、バスやタクシーの乗り降りがしやすく、見通しの良い歩行空間が整備されつつあります。

世界中から観光客が訪れる京都市の様々な取り組みを見てみると、屋外広告物の規制・誘導は快適な歩行空間を形成するための重要な取り組みの一つであることが良くわかります。

看板がなくなって寂しい、活気がない、あるいは建築物のスカイラインや開口部等、不連続な部分が却って目立つ、という意見もあることでしょう。私もはじめは正直、特に四条通りは低彩度色にまとまりすぎていて少し沈んで見えるような印象を受けました。

ところが少し慣れてくると自然に色(動き)のあるところに目が行くようになります。四条通りはアーケードになっていて、一階部分には様々な店舗が並んでいます。その店先のディスプレイや、浴衣姿で歩く人々など、こうした「足元の色」が大変華やかに感じられました。

下鴨神社境内で行われていた古本市。足元に、ハレの色。
何にせよ物事を単独で判断するというのは難しく、大変悩ましいものです。でも少し引いてみてみることで、歴史ある祇園祭の華やかさだったり、遠くに見える山並みの季節の移ろいが感じられることで、部分の「地としての地味さ」をよしとする、という判断基準もあって良いのではないかと考えています。
屋外広告物が抱える問題から、近代の都市が季節や時間の変化ともう少しうまく付き合っていくヒントが見えたような気がしました。

まちなかの広告物の他、いくつか好きな庭園も見て回りました。鮮やかな・濃い緑と、石の質感、量感の変化。グレイの濃淡が、自然界ではとても雄弁に感じられます。

詩仙堂の庭園。日本の素材色は淡い階調の変化、濃淡のコントラスト。
霊雲院、臥雲(がうん)の庭。
あらゆるものに逆らわないたゆたう雲、水の流れが表現されているそう。
これまで当たり前にあったものがない状態、は街並みに・私達の暮らしに何をもたらすのでしょうか?溢れる情報(=色彩)の制御は、時間の変化の速度、に影響を与えるように感じます。人の歩く速度に合わせたスケール、スピード、ボリューム。そのような丁寧なコントロールを、場所の特性ごとに行うことが重要なのではないか、と考えています。

4月に式年遷宮を終えた下鴨神社。ここの色彩環境は別世界、でした。

2015年7月7日火曜日

今いちど「茶色問題」について

自分は割としつこい性格なのかもしれない、と思い始めておりますが(スタッフに呆れられております)、今いちど「茶色問題※」について。

※勝手に命名したものです。自身の周囲には広告物や工作物を茶色にすること・したことに反対の意見をお持ちの方が多く、効果や成果の検証以前に「もうやめるべき」「思考停止だ」等と異を唱えられる事象の総称です。若干、被害妄想気味であるとは自覚しております。

先日知人が那須のコンビニの写真(看板が濃茶と白)をSNSにアップし、「(急いでいるときなど)わかりにくい!」と憤慨している様子を目にしました。

確かに濃茶に白抜きの看板は通常のそれとは異なり、派手さで人目を誘導するような刺激は全くありません。企業はこれまでCI(コーポレート・アイデンティティ)・VI(ビジュアル・アイデンティティ)を活用して企業や商品・サービスのイメージを「統一的に」展開することで認知度の向上を目指して来ました。

そしてそのための工夫を重ねている立場の方々(マーケティングチーム・デザイナー・フランチャイズのオーナー等々)にとっては、「地域の景観特性に応じて配慮せよ」と指導(あるいは助言)され、変更を余儀なくされることは恐らく苦渋の選択であるのだろう、と推測します。

下の画像は「那須 看板 茶色」 で画像検索した結果です。
看板だけをこうして取り上げてみると、確かに企業や店舗のイメージは薄れていて「赤とオレンジと緑」を目指して探そうとするとやはり見つけにくい、ということになるとは思います。

「那須 看板 茶色」で検索した結果 ©Google

もう少しあらゆる要素をフラットに整理し、「茶色だからダメ」あるいは「何でも茶色にするのはもう反対!」という議論からは抜け出したいなあ、と考えています。

そこで以下のようなダイアグラムを描いてみました。

対象の特性の分類と共に、決定の主体に合わせ「~でよい」「~でもよい」等、段階を整理してみました。

ごく簡単に分類すると

①色を選定する・決める人に経験値があり、周辺との関係性を考慮・熟考して色を選定・決定することが出来るか・否か

という点と、

②他の環境構成要素との取り合いや整合性を調整する余裕(時間・労力)があるか・ないか

という2点が「茶色(※)でよい」とするか、「しっかり検討・協議をしてその環境にふさわしい色を選定するか」の分かれ道になるのではないか、と考えます。

その他の条件として共通解・一般解としての「茶色」があり、個別解・特殊解としての「その他の色(素材)」があり、その間はグラデ―ショナルであって良いと思っています。

※茶色、というと随分幅を狭めてしまう印象です。平成26年に国土交通省が策定した「景観に配慮した防護柵等の整備ガイドライン」では10YR 6/1(グレーベージュ)、10YR 3/0.5(ダークグレー)、10YR 2/1(ダークブラウン)の3色を「推奨」しているに過ぎません。

近年、ブルーシートのブラウン版や果樹栽培等で使用するブルーの防風ネットのブラウン版の開発・普及が進められています。濃淡様々な「茶色」を総称して山梨県では「自然色(しぜんいろ)」と呼ぶことにしたそうです。

その自然色シート・ネット普及委員会の活動の様子はこちら
自然色(10YR)を地の色とする根拠の一例はこちら

下の写真は2015年3月に実施された甲州市主催のペンキ塗り、市民ボランティアによるガードレールの塗装風景です。
年度末の休日にも関わらず、100名近くの方が参加し、あっという間に予定箇所が塗り終わりました(…子供たちが飽きる前に終わって、本当にほっとしました)。

明度2や3だと暗く重い印象もあるため、甲州市では10YR 4/1を採用しました。
甲州市では車道を走行するドライバーの視点にも考慮し、車道側は白のままとすることにしました。これは市の担当の方のアイデアです。塗装した面はJR勝沼ぶどう郷駅前に拡がる、ブドウの丘沿いで良く目立つ側です。
そもそも白でなければならない理由はありませんから、このように実際の状況に応じて色を使い分けるというのはとても賢い方法だと感じています。

この部分も外側だけを10YR 4/1で塗装しました。
ということで、茶色改め、

A 自然色 が よいもの
B 自然色 でも よいもの
C 自然色 でなくても よいもの
D 積極的に新しい可能性を探求すべきもの

という、大きく4段階で状況を整理し、適宜使い分けを行うことが重要なのではないか、と考えています。
自身はこれまでの経験から自信を持って「自然色 が よいもの」と「自然色 でも よいもの」が相当数ある、と宣言することもできます。甲州市のペンキ塗りの際、多くの方が「色でこんなに印象が違うのだ」ということに気づき、これまでの白一辺倒が「緑豊かな景観の中ではいささか主張し過ぎていた」ということの発見に至りました。

外側をあっという間に塗り終わり、参加者全員で記念撮影。左上の未塗装部分との比較、いかがでしょうか?
一方、冒頭のコンビニの看板等は「自然色 でも よいもの」とされたけれど、実際には看板の大きさや設置位置を十分に考慮すれば「自然色 でなくても よいもの」に該当するのかも知れません。そこは景観法が施行されて10年、様々な事例や評価を踏まえ、加減を調整しても良い時期に来ているようにも感じています。

自身は専門家(一応)としては、そういう風当りにも耐えつつ、効果が証明されつつある活動に力を注いでいる方々を支援する立場でありたいですし、個性や賑わいがなくなる、と嘆く方々の意見にももちろん耳を傾け、折り合う地点を探し続けて行きたいと考えています。

また、個人的には「○○撲滅」というような極論ではものごとは容易には動かせないし、解決に繋げるのは難しい、と感じています。
都度状況を整理し、公平性の担保に努め、相互の利益を図り、あらゆる調整に時間をかけながら「継続」していくこと。結局のところ色の問題ひとつとっても、そうたやすい近道はないのかも知れません。

2015年6月29日月曜日

お知らせ-平成27年度 山梨県景観セミナーの講師を務めます

2015年7月30日(木)14:00より、山梨県県立文学館にて開催される「平成27年度 山梨県景観セミナー」で講師を務めます。テーマは「人がつくるまちの彩り・地域で育むまちの個性」です。

平成23年度からアドバイザーとして関わり、地域の方々が取り組んできた様々な色彩による修景等の紹介の他、色彩もまちの特徴を表す重要な要素の一つであること等も他の国や地域を例に、お話する予定です。

平日午後の開催ですが、どなたでも・無料で参加できますので、お近くの方、ぜひご参加下さい。

申し込み等詳細はこちら

チラシの写真は先日訪問したスリランカの世界遺産、ゴール旧市街です。


自己紹介

自分の写真
色彩計画家/環境色彩デザイン/いろでまちをつなぐ/MATECO代表/色彩の現象性/まちあるき/ART/武蔵野美術大学・静岡文化芸術大学非常勤講師/港区・山梨県・八王子市景観アドバイザー/10YRCLUB/箱好き/土のコレクション/舟越桂